米企業が10億円出資したスマホ決済「Kyash」は何をしているのか?

2022年3月17日付け日本経済新聞に、次のような記事が掲載されました(※1)。

●ドーシーCEOの米決済ブロック、日本のKyashに出資
米決済大手ブロック(旧スクエア)が日本のスマートフォン決済のKyash(キャッシュ、東京・港)に出資したことが2022年3月17日分かった。アジア企業への初の出資とみられ、出資額は10億円超とみられる。

アメリカ企業が日本企業に10億円出資した「だけ」なのですが、日経が報じた理由は2つあります。

1つ目は、日本企業がアメリカ企業から10億円も「出資してもらえた」ことです。スマホ決済などのフィンテック分野では日本はアメリカに大きく水をあけられているので、そのアメリカ企業に認められるフィンテック企業が日本にあることは朗報です。この記事では「日本のフィンテック企業に投資価値をみいだした格好だ」と評価しています。

2つ目は、ドーシーという名前です。実はこの人は、ツイッターの共同創業者です。

興味深いこのニュースを深掘りしてみます。

※1:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB164N30W2A310C2000000/

そもそもKyashとは

まずはKyashがどのような会社で何をしているのか確認していきます。

南青山にある2015年設立、資本金128億円の会社

Kyashの会社概要は以下のとおり(※2)。

  • 株式会社Kyash
  • 代表取締役社長:鷹取真一氏
  • 本社:東京都港区南青山5-2-1 NBF ALLIANCE 201
  • 設立:2015年1月23日
  • 資本金:128億2,308万円
  • 主要株主:StepStone Group、Goodwater Capital、Greyhound Capital、Altos Ventures、Block、Partech、ジャフコグループ、SBIインベストメント、JPインベストメント、三井住友銀行、SMBCベンチャーキャピタル、三菱UFJキャピタル、三井住友海上キャピタル、AGキャピタル、新生企業投資、凸版印刷、SMBC日興証券、伊藤忠商事、電通イノベーションパートナーズ、みずほキャピタル

2015年設立なのでベンチャー企業とみなしてよさそうですが、資本金が128億円もあり、株主にはSBI、三井住友、三菱UFJ、みずほ、伊藤忠、電通といったビッグネームが名を連ねています。

なぜこれだけのお金と支持を集めることができているのでしょうか。

※2:https://www.kyash.co/company

スマホ決済をしている

Kyashの事業の柱はスマホ決済です(※3)。

利用希望者がスマホに「Kyashカード・バーチャル」というアプリをダウンロードすると、そこに自分の銀行口座などから入金することができます。入金した分だけ、ネットショッピングで買い物ができます。

また、Kyashカード・バーチャルにアップル・ペイまたはグーグル・ペイを設定すれば、それらを扱っているリアル店舗でもスマホ決済ができます。

共同口座という仕組みはユニークです。

家族や友人どうし、シェアハウスの入居者どうしなどがKyashカード・バーチャル上に共同口座をつくり、そこに入金します。すると参加者はその共同口座の残高から使うことができます。入金履歴と出勤履歴が残るので、誰がいくら入金していくら使ったがわかります。

例えば、家計を別々にしている共働きの夫婦が共同口座をつくれば、夫婦でそこに一定額を入金することで共通の費用を共同口座から支払うことができます。

またKyashカード・バーチャルの登録者どうしなら手数料無料で送金ができるので、飲食時の割り勘や、友人どうしの少額のお金の貸し借りが、スマホ内でコスト0円でできます。

※3:https://www.kyash.co/

鷹取真一氏とは

代表取締役社長の鷹取真一氏はKyashの創業者です。早稲田大学(国際教養学部)を卒業して三井住友銀行に入行、海外拠点の設立などに従事しました。その後、アメリカのコンサルティング会社を経て独立してKyashを設立しました(※4、5)。

鷹取氏は親族が寿司屋をやっていて、実家は留学生のホストファミリーになっていました。幼いころの経験が、起業マインドと海外志向を養いました。

鷹取氏はKyashの事業コンセプトを、価値移動のインフラを創ること、と説明しています。価値の移動とは具体的にはお金の移動のことです。お金の移動はコストも手間もかかりますが、インターネットとフィンテックを使えばどちらも最小限に抑えられるというわけです。

鷹取氏には「お金の動きのサービスは人間中心になっていない」という想いがありました。

※4:https://www.careerwake.jp/interview/vol-25
※5:https://coach.co.jp/philosophy/kyash-20220110.html

ブロック&ドーシー氏とは

Kyashに10億円を出資したブロックは、2009年創業のアメリカの電子決済分野のフィンテック企業です。

旧名はスクエアといい、社名をブロックに変えたのはブロックチェーン技術に注力するためで、同社は暗号資産も取り扱っています(※6)。

ブロックは2022年にオーストラリアの決済サービス企業、アフターペイを3兆2,000億円で買収しています。ブロックの共同創業者でCEOのジャック・ドーシー氏は、むしろツイッターの共同創業者としての過去のほうが有名です。

ツイッターは時価総額344億ドルの超一流企業でありながら、ドーシー氏は髭を生やして鼻にピアスをつけていたこともあり、異色の経営者といえます

ツイッターは、当時現役のアメリカ大統領だったトランプ氏のアカウントを、暴力を賛美する投稿が多いとして永久停止にしましたが、これはドーシー氏の意向が強く働いたとされています。

ドーシー氏は一度ツイッターから離れて戻り、そして2021年11月にまたツイッターを退任しています(※7、8、9)。今はブロックの経営に専念しています。

※6:https://www.asahi.com/articles/ASPD24J6KPD2UHBI01N.html
※7:https://wired.jp/2021/11/30/jack-dorsey-was-the-soul-of-twitter/
※8:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN090JG0Z00C21A1000000/
※9:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN29C2E0Z21C21A1000000/

日本のフィンテック企業は割安か

オーストラリアの決済サービス企業を3兆2,000億円で買収できるだけの資金を持つブロックにとって、Kyashへの10億円の投資は「騒ぐことのほどではない」のかもしれません。10億円は3兆2,000億円の0.03%でしかありません。

しかし資本金128億円のKyashにとっては10億円は大金でしょう。10億円は128億円の8%にもなります。

そして2021年には、アメリカの決済サービス企業ペイパル・ホールディングスが、日本の決済サービス企業、ペイディを3,000億円で買収しています(※10)。

日本の決済サービス企業やフィンテック企業は割安とみられているようです。

日本は世界3位の経済大国であり、インターネットもITも整備されていますが、なぜかキャッシュレスが欧米や中国と比べると普及していません。つまり日本の消費者や企業は、お金の移動の大半を現金で行っているわけです。

この状況は、アメリカのフィンテック企業やキャッシュレス企業には「のびしろ」と映るはずです。

キャッシュレスやスマホ決済に慣れた人は、その便利さゆえに、なかなか現金に戻ることはできません。そのため日本のフィンテックやキャッシュレスは今後、急に花開くかもしれません。

Kyashへの10億円やペイディへの3,000億円を、その先行投資と考えるとやはり「騒ぐことのほどではない」のかもしれません。

日本経済新聞は「顧客基盤や金融ライセンスを持つ日本企業を足がかりとして市場を拡大したい海外のフィンテック企業が追随する可能性が高く、争奪戦が激しくなりそうだ」と予想しています(※11)。

※10:https://www.asahi.com/articles/ASP985KFRP98ULFA012.html
※11:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB164N30W2A310C2000000/?unlock=1

まとめ~呼び水となることを期待

Kyashは10億円の使い道について、「決済サービスなどの開発費用に充てる」とコメントしています(※11)。つまりこれからまだまだKyashが提供するフィンテック・サービスが充実する可能性があるわけです。

フィンテック・サービスやキャッシュレスやスマホ決済の利便性を向上させるには多額の費用がかかります。いくら優れた仕組みを考案しても、それを実現するにはプログラムやシステムやアプリが必要で、その開発には膨大なコストがかかるからです。

そのため、大量のお金がフィンテック業界や決済業界に入ってくることは、フィンテック企業や決済サービス企業の成長につながり、ひいては生活者や企業の利便性を向上させます。

今後の動向を注視していきましょう。