手形と小切手が電子化されると何が変わるのか?
紙の手形と小切手は2026年度までに廃止されます。
この取り組みの大きな節目が2022年11月に到来しました。このとき全国約180の手形交換所の業務が終了し、関連業務が電子交換所に移管しました(※1)。
紙がなくなっても企業は依然として手形・小切手が持つ決済機能を必要とするので、それは電子化で対応します。
電子化された手形・小切手とはどのようなものなのでしょうか。
※1:https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20220729_11.html
そもそも小切手とは、手形とは
アナログの手形・小切手は紙製ですが、実はこれには法律上の様式がありません。コピー用紙に1億円と書けば、理論上は1億円の価値を持つ手形・小切手になります(※2)。同じ紙製でも、偽札が厳しい取り締まりを受ける日本銀行券(円のこと)とはかなり違います(※3)。
まずは、手形・小切手の正体を明らかにしていきます。
※2:https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/education/free_publication/pamph/pamph_04/animal02.pdf
※3:https://www.boj.or.jp/note_tfjgs/note/security/index.htm/
手形と小切手の共通点
手形も小切手も現金に代わる働きをすることは共通しています。コンビニでおにぎりを買うと、おにぎりと現金が交換されますが、企業間の売買では手形・小切手と商品・サービスが交換されます。
そして、手形・小切手は、紙に100万円や1億円などと「書かれてあるだけ」です。なぜその紙に100万円の価値や1億円の価値があるのかというと、その紙を銀行に持ち込むと同じ金額の現金を手に入れることができるからです。
そして手形・小切手を発行する人(振り出す人、振出人)は銀行に「この100万円の手形・小切手を持った人が現れたら、それと引き換えに、その人に現金100万円を渡してください」と依頼しておきます。
こうすることで振出人と手形・小切手を受け取る人(受取人)は、現金をやり取りすることなく現金の授受を完了させることができます(※2)。
手形と小切手の違う点
手形と小切手の違うところは、受取人が現金を得ることができる時期です。
小切手は、受取人が銀行に行けばすぐに現金にすることができます。
一方の手形は期日が決まっていて、例えば3カ月後に現金に換えることができる、というふうに取り決めておきます。こうすることで振出人は、3カ月間は現金を銀行に預けておかなくて済みます。つまり今は現金がなくても、3カ月かけて現金を集めればよいわけです。
統一用紙について
先ほど、手形・小切手はコピー用紙に書いてもよい、と紹介しましたが、法律上はそうなっていても現実はそのようなことはしていません。
様式がバラバラでは本物かどうかわかりませんし、処理をする銀行も困ります。そこで日本中の金融機関は「統一小切手用紙」と「統一手形用紙」を使っています。
手形交換所とは
紙の手形・小切手がなくなる前になくなってしまうのが、手形交換所です。
手形交換所は手形交換制度を実施する場所であり、全国銀行業界が設置、運営しています。
銀行には毎日大量の手形・小切手が持ち込まれます。複数の銀行が自分のところに持ち込まれた手形・小切手を手形交換所に持ち込み、受取額と支払額の差額を決済します。これが手形交換制度です。
手形交換所は全国に約180カ所ありましたが、冒頭で紹介したとおり2022年11月ですべてで業務が終了しました。
例えば東京の手形交換所は東京手形交換所といい、千代田区丸の内にある銀行会館内にありました(※4)。
対面式の手形交換所が廃止され、電子データでやり取りする電子交換所が本格稼働しました。
手形・小切手の電子化の流れ
2021年の約束手形の交換高は約133兆円で、ピークの1990年の約4,797兆円の97%減となっています(※1)。これは、企業が支払いや決済にインターネットバンキングや「でんさい」を使うようになったからです。
電子手形といえる「でんさい」の2021年の取扱高は約27兆円で前年比23%増と急拡大しています。「でんさい」についてはあとで解説します。
その一方で、対面式の手形交換所はコスト高で、これを廃止すると年間8億円ほどコストが減ります(※5)。
したがって紙を廃止して電子化する流れは自然のことであり、むしろ遅いくらいといえるでしょう。
※5:https://www.nikkei.com/article/DGKKZO64486160Q2A920C2EE9000/?unlock=1
政府は2026年ごろ「紙を廃止する=手形を電子化する」
紙が完全になくなるのは2026年度とされています。したがって手形交換所が廃止されても紙の手形・小切手はしばらく残ります。
銀行は、企業などから紙の手形・小切手を受け取ったら、PDFなどのイメージデータに変換して電子交換所に送受信します。これが電子交換所の利用方法になります。
電子交換所を新たにつくった
手形交換所が廃止されても手形・小切手制度は残るので手形交換制度は必要です。そこで電子交換所が新たにつくられました。
手形交換所では人の手を介して手形・小切手が運搬されましたが、電子交換所では手形・小切手のイメージデータが送受信されます。
電子交換所も全国銀行協会が設置、運営していて、日本銀行や3大メガバンクを含む全国約1,100の金融機関が参加しています(※6)
電子交換所は「電子」なのでコンピュータ上に存在するイメージです。
電子交換所の設立にともない、手形・小切手の用紙にQRコードがつきました(※7)。
※6:https://view.officeapps.live.com/
※7:https://www.bk.mufg.jp/info/electronic_exchange.html
振出人と受取人の手続きは当面は変わらない
手形交換所が電子交換所に変わっても、手形・小切手を使う人たち、つまり振出人と受取人の手続きは変わりありません。
振出人は相変わらず手形・小切手を振り出し、金融機関から現金が引き落とされます。
受取人は相変わらず手形・小切手を受け取り、金融機関に取立の手続きをして現金を受け取ります。
将来像はどうなるのか~「でんさい」とZEDI
では、2026年度に紙の手形・小切手がなくなると、何が起こるのでしょうか。「手形・小切手の電子化」とは何なのでしょうか。
その答えはいくつかありますが、ここでは「でんさい」とZEDIを紹介します。
「でんさい」やZEDIが手形・小切手の電子化の姿といえます。
全国銀行協会が描くストーリー
- 手形交換所の廃止
- 電子交換所の新設
- 紙の手形・小切手の廃止
- 「でんさい」
- ZEDIはすべて、金融機関が企業などに提供するソリューションになっています(※8)。
金融業界は、企業が今「手形・小切手の管理が大変」「経理業務の膨大化・煩雑化」「請求書の山」「税公金の手続きが面倒」という課題を抱えていると考えています。
この課題を金融サービスの電子化で解決していこうとしています。
金融サービスの電子化とは、インターネット化であり、IT化であり、要するにデジタルトランスフォーメーション(DX)化です。
電子化手形・小切手は、DX化金融サービスの1コマといえます。
※8:https://www.densai.net/pdf/202201_onlineseminar_jba.pdf
すでに「でんさい」は始まっている
全国銀行協会による全銀電子債権ネットワーク(でんさい)は、手形・小切手の電子化の第1歩で、この利用が広がったことも「紙の廃止=電子化」の背景になっています。
実際に運営しているのは、同協会の100%子会社の株式会社全銀電子債権ネットワークで、サービス開始は2013年です。
「でんさい」は電子記録債権の一種で、手形をデータ化したものです。データ化することで印紙税が課税されず、紙の手形を郵送する必要がなくなり、振り出し作業が軽減され、複数の支払い手段を1本化でき、ペーパーレス化できます。また受取人は支払い期日になると自動で口座に入金されるので、手形の取立手続きが要らなくなります。
「でんさい」でも分割譲渡や割引ができるので、これまでとおり債権を資金繰りに使えます(※9)。
「でんさい」はまさに手形に変わる電子決済手段です。
※9:http://www.densai.net/about/
ZEDI
全国銀行資金決済ネットワークが運営するZEDIの正式名称は全銀EDIシステム。企業がこれを使うと経理業務を電子化できます。2018年に稼働しました(※10)。
企業間の取引件数が増えると、現金の授受も増えます。そこで支払企業から受取企業へ、複数の振込を一括で行う総合振込が行われるようになります。このときZEDIを使うと、入金消込業務や資金決済事務などを自動化することができます。
具体的には、受取企業は請求書などの商流情報と入金情報をコンピュータで紐づけることができるので、消込作業が大幅に削減されます。複数の請求を合算して、振込と入金の内訳を確認することも簡単にできるようになるでしょう(※11)。
支払企業は、受取企業から問い合わせを受ける回数が減るので照会対応事務が軽減します。
企業は、「でんさい」に加えてZEDIを導入することで経理業務を軽減できるだけでなく、現金の流れを可視化できるので財務戦略や資金調達計画を立てやすくなるでしょう。
※10:https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/efforts/smooth/xml/s-zedi_user_guidance.pdf
まとめ~官民が協力した取り組み
手形・小切手の電子化は官民が協力した取り組みです。
日本のビジネスシーンは、欧米中に比べてIT化、電子化、インターネット化が遅れていると指摘されています。特に金融領域は、金融サービスを提供する金融業界側も、金融サービスを使うビジネス側も旧来の手法にこだわる傾向が残っていて、効率化が急がれるところです。
ピーク時の97%減とはいえ、2021年の約束手形の交換高は約133兆円と、「手形・小切手業界」は「強大な市場」を誇っています。このほとんどが紙で運用されていることを考えると「金融電子化ほど遠し」の印象を受けます。
電子化先進国からすると出遅れ感は否めないのですが、それでも紙の手形・小切手がなくなることは大きな一歩といえるでしょう。