金融全般

利上げしない・できない日本。本当にそれで良いのだろうか?

アメリカの中央銀行FRBは2022年3月16日、政策金利を0.25ポイント引き上げる(利上げする)ことを決めました(※1)。新型コロナ対策で2020年3月に導入したゼロ金利政策を解除します。利上げの背景には、高いインフレ率(物価の高騰)があります。利上げして物価を下げようというわけです。

日本はなかなかインフレにならず困っていましたが、しかし最近になって物価が上がり始めています。日本銀行の念願だった2%上昇が現実味を帯びてきました(※2)。

しかし多くの人がいまだに「日銀は利上げしないだろう」と思っています。それは日銀総裁が「利上げの必要はない」と言っているからなのですが、「日本は利上げしない」という思いは多くの日本人にしみついているきらいがあります(※3)。

日本は利上げをしなくてよいのでしょうか。そしてなぜ多くの人は、利上げしないと思っているのでしょうか。

利上げしないとどうなり、利上げするとどうなるのでしょうか。

※1:https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/03/70b880cfd5d0e07c.html
※2:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA181RR0Y2A310C2000000/
※3:https://www.jiji.com/jc/article?k=2022031800786&g=eco

このままでは最悪シナリオ「スタグフレーション」か

景気がよくなると物価が上がります。景気がよくなることはよいことなので、物価が上がることも普通はよいことです。しかし物価が上がりすぎると生活者が困窮するので、「悪いインフレ」が起きると中央銀行は利上げして経済活動の熱を冷まそうとします。

2022年2月の日本の消費者物価上昇率は0.6%増でしたが、ここから携帯料金の値下げの影響分1.5ポイントを除くと2.1%増になり、これは日銀が目標とする2%増を超えます。
物価が急に上がったのは、資源高や円安のせいです。

日銀が頑なにゼロ金利政策を維持して、利上げをしようとしないのは、物価がなかなか上がらなかったからです。せめて2%くらいは物価が上がらないと経済が活性化しないので、それで日銀はゼロ金利策で物価を上げようとしてきました。

しかし先ほど紹介したとおり実質的に物価が2.1%増になっているのに、日銀総裁は2022年3月に「今の物価上昇は長期に持続するものではないから利上げの必要はない」と発言しました(※3)。

不景気、給料上昇なし、物価上昇のトリプルパンチ

日銀の利上げ見送り方針に危機感を抱いているのは朝日新聞です。

2022年3月19日に「物価高なのに動けぬ日銀 金融緩和を維持 スタグフレーションの影も」という記事を公表しました(※4)。スタグフレーションとは、不景気で労働者の給料が上がらない状況のときに物価高が起きる現象です。これは最悪のシナリオといってよいでしょう。

物価が上がっているのに日銀が利上げしなければ、物価はさらに上がります。しかも今の物価の上昇は資源高や円安やウクライナ情勢などによるものであり、景気がよくなって物価が上がっているわけではないので労働者の給料が上がる見込みは薄いでしょう。

ではなぜスタグフレーションの危険があるのに日銀は動かないのでしょうか。それは動けないからです。

※4:https://www.asahi.com/articles/ASQ3L7WZPQ3LULFA01S.html

日銀が動けない理由

マスコミがスタグフレーションを心配しているなら、日銀はもっと強くそれを心配しているはずです。それでも日銀が利上げできないのは、国債の発行残高が膨大な金額に達しているからです。

国債は国の借金です。政府は国債を売ってお金を調達して行政コストを支払っています。そして国債は償還時期が到来したら、元の金額に利子を上乗せして国債を買った人に支払わなければなりません。
もし日銀が利上げしたら、償還のときに支払う利子の額も上がってしまいます。

大和総研の試算では、10年国債(10年後に償還時期が到来する国債)の利回りが1.4%から2.7%へと1.3ポイント上がっただけで利払い費は年3兆円以上増加します(※5)。

日本の国家予算は大体年100兆円くらいなので、3兆円はその3%になります。好景気で物価高になって利上げして国債の利払い費が増えるのであれば、税収の伸びも期待できるので財政へのダメージはそれほど大きくはありませんが、スタグフレーションを回避するための利上げは不況下に行われるため税収の増加は見込めません。増加分の3兆円の支払いができなければ、新たに国債を発行して新たな借金をして支払わなければなりません。

日銀の利上げしない方針に政府から反対論が出てこないのは、政府こそ利上げされると困るからです。

※5:https://www.dir.co.jp/report/column/20211201_010766.html

そもそもの2つの疑問

そもそもなぜ、物価が上がると金利を上げないとならないのでしょうか。そして、そもそも金利はどのように上げるのでしょうか。この2つの疑問を解消します。

疑問1:そもそもなぜ、物価が上がると金利を上げなければならないのか

物価が上がり続けると、バブルになります。バブルは実態なき好景気なので必ず破綻します。もしくは、破綻が約束された実態なき好景気のことをバブルと呼びます。

1つの産業で破綻が生じると、それがドミノ倒しにように他の産業に波及します。例えば、不動産価格のバブルが弾ければ、株式市場のバブルも企業の利益バブルも弾けてしまいます。

そのため日銀などの中央銀行は、物価が上がりすぎたら加熱する経済を冷まさなければなりません。利上げという冷や水をかけることによって経済は鎮静化します。

日本は少なくとも20年以上にわたって、バブル崩壊の悪影響を受け続けました。そのためバブルの予兆である物価上昇がみられたら中央銀行は警戒しなければならず、物価上昇が止まらなければ利上げを発動しなければならないのです。

疑問2:政策金利はどのように上げるのか

「日銀が金利を上げる」とは、正確には政策金利を上げることを意味します。政策金利とは、日銀が一般の銀行にお金を貸し付けるときの金利です。

政策金利を上げると一般の銀行は資金調達コストが膨れるので「日銀からあまりお金を借りたくない」と思います。そのため一般の銀行は手持ちの資金が減り、その結果、企業などへの貸し出しが減ります。その極端な例が貸し渋りになります。

企業は資金調達が難しくなるので、事業を縮小しなければならず、それで物価は下がっていきます。

また、政策金利が上がって一般の銀行は資金調達コストが増えると、一般の銀行が企業にお金を貸すときの金利も上げざるを得ません。そうなると企業が「銀行からお金を借りたくない」と思うようになり、それは投資意欲を削ぐので景気が冷め物価が下がります。

日本の金利が上がるとどうなるのか、上げないとどうなるのか

今の日本経済は欧米や中国の経済と比べると弱いとされています。そこに利上げが起きれば、企業の投資マインドはさらに冷え込むでしょう。

また金利が上がれば、家計の最大の買い物である住宅の購入に必要な住宅ローンの金利も上がります。そうなれば人々は住宅を買わなくなります。最高額の商品が売れなくなれば景気が冷え込みます。

では物価が上がってインフレが起きているのに、日銀が金利を上げないとどうなるのでしょうか。
金利を上げないとインフレが悪化します。つまり物価が上がり続けます。

商品やサービスが高くなると消費者は購入をあきらめるようになり、企業業績が悪化します。企業は、経営が悪化すると従業員の給料を減らしたりリストラを実施したりするので、消費は落ち込みさらに商品やサービスが売れなくなるという悪循環が起きます。

今の日本は、利上げしてもしなくても、悪いシナリオしか描けません。

次の日銀総裁は利上げをするのか

今の(2022年4月現在の)日銀総裁の任期は2023年4月までです。もしその時点でも物価上昇が収まっていなければ、次の日銀総裁は利上げをするのでしょうか。

今のところ「次の総裁は利上げをするはずだ」とまで踏み込んだ発言をするエコノミストはほとんどいませんが、次の総裁が利上げ圧力にさらされることは間違いなさそうです(※6、7)。

※6:https://www.jiji.com/jc/v8?id=202202keizaihyaku044
※7:https://www.asahi.com/articles/ASQ3M02MQQ3JULFA015.html

まとめ~正常化しても正常にならないジレンマ

ゼロ金利策は苦肉の策であり、それが長期化しているのは異常事態です。お金を動かすときに利子がつくのは当然のことだからです。苦肉の策と異常が許されるだけでなく脚光を浴びたのは、それによって得られるメリットが大きいとみなされたからです。

しかし突発的に物価が上昇したことで、そのメリットは急に縮小しました。そして利上げしないと悪いインフレであるスタグフレーションを引き起こすかもしれない事態が迫っています。

ところが利上げをすると国財政はさらに悪化します。

利上げは、金融政策を正常化させる手法なのですが、それによって正常になる保証がありません。それで日銀は利上げを無視し続けているわけです。この問題はすぐには解決しないでしょう。