「プリンを200億円で買収」グーグルはなぜスマホ決済に本格参入?
グーグルが2021年7月、スマホを使ったデジタル決済を手がける日本の資金移動業者、株式会社プリン(本社・東京都港区)を推定200億円で買収しました。
グーグルは自社のグーグル・ペイを持っていますが日本での知名度はあまりありません。そこで、実績のある日本企業を取り込んで、スマホ決済のシェア拡大を狙います。
ITの巨人が「今さら」日本のスマホ決済市場に力を入れるのは、1)チャンスが大きく、2)本業とのシナジーが期待できるからです。
グーグルの戦略と課題をみていきましょう。
株式会社プリンとは
グーグルに買われた株式会社プリンは、2017年5月に設立した資本金約7億円の、スマホ送金アプリ、プリンを運営する会社です(※1)。
プリンは、株式会社メタップスという決算代行事業が子会社としてつくり、日本瓦斯や伊藤忠商事、みずほ銀行、ファミリーマートのグループ会社などが出資しています(※2)。
プリンはペイペイと同じく、送金サービスができる金融機関以外の会社で、資金決済法上は資金移動業者と呼ばれています(※3)。資金移動業者になれば、100万円以下のお金をスマホで送金する取引を仲介できます。
プリンを「知らない」という人も少なくないでしょう。知名度は高くないのですが、スマホ決済の技術には定評があり、3メガバンクを含む50以上の銀行と提携しています。
日本経済新聞は、グーグルが200億円も投じた理由は、プリンの銀行ネットワークであると推測しています(※4)。
※1:https://www.pring.jp/pring/
※2:https://www.pring.jp/company/
※3:https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=421AC0000000059
※4:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB135DM0T10C21A7000000/
グーグルの勝算は
日本のスマホ決済では、ペイペイ、d払い、楽天ペイなどが先行しています(※5)。スマホ決済市場は少し前まで乱立期にありましたが、2021年は統廃合の時期に入っています。勝ち組であるペイペイとLINEペイですら、2020年4月に統合するくらいです。
後発のグーグルに勝ち目はあるのでしょうか。
※5:https://mmdlabo.jp/investigation/detail_1919.html
スマホ決済の市場はまだまだ拡大する
日本のスマホ決済やクレジットカードなどのキャッシュレス決済は、決済全体の3割程度にすぎません。残り7割は現金決済です。
一方で、中国や韓国はすでに7~9割がキャッシュレスに置き換わっています。日本の決済も7~9割がキャッシュレスになると考えると、「キャッシュレス決済の席」はまだ4~6割(=最大7~9割-現行3割)もあることになります。
「キャッシュレス決済の席」はそのまま、スマホ決済の伸びしろとみなすことができます。
日本のスマホ決済市場は、グーグルほどの企業になると、ブルーオーシャンにみえるかもしれません。今のスマホ決済ビジネスは種をまいている時期であり、あのペイペイですら赤字続きです(※6、7)。
市場にまだ覇者がいなくて、いまだに黒字化できるビジネスモデルを持っていない状態であれば、グーグルにも勝機はあるわけです。
※6:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB177CR0X10C21A8000000/
※7:https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00138/090600871/?n_cid=nbpds_top3
グーグルの戦略は本業とのシナジー
グーグルのスマホ決済戦略は、本業とのシナジーを生むことです。
スマホ決済事業で優位に立つには、加盟店を増やす必要がありますが、グーグルにはグーグルマップがあります。グーグルマップは単なる地図アプリにとどまらず、小売店や飲食店などの広告ツールやマーケティング・ツールになっています。
例えば飲食店がグーグル・スマホ決済の加盟店になれば、グーグルマップや位置情報と連動させて顧客にクーポン券を発行するといったことができます。
そして、グーグルが買収したプリンは銀行に強いので、企業は銀行口座とスマホ決済を連動させることができます。グーグルのネット能力とIT能力を考えると、グーグルがスマホ決済を展開すれば、新しいフィンテック・サービスができるかもしれないと期待させます。
既存業者を脅かす存在
グーグル・スマホ決済の誕生に、先行するライバル企業は戦々恐々としています(※8)。
何しろグーグルのOSアンドロイドを搭載したスマホは、世界で25億台にもなります。そしてビジネスやプライベートでグーグル検索を使っている日本人ユーザーは数千万人になります。
そして実際にインドでは、かつては地元のペイティーエムという会社が小口決済市場をほぼ独占していましたが、2021年のシェアはグーグル・ペイの35%に対し、ペイティーエムは11%と完全に逆転されてしまっています。
※8:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB25713025062021000000/
課題は黒字化「相当難しい」
黒船の様相を呈しつつあるグーグルのスマホ決済ですが、その前途は多難です。なぜならスマホ決済は黒字化が難しいビジネスだからです。黒字化しなければ、グーグルがどれだけ巨大な企業であろうと、また、本業とのシナジーが生まれようと、いつかは撤退に追い込まれます。
例えば、アマゾンもアマゾン・ペイというスマホ決済事業を展開していますが、「使っている」という人はそれほど多くないはずです。資金力だけで覇権を握れるほど、スマホ決済ビジネスは甘くありません。
ペイペイの過酷な努力
日本のスマホ決済の暫定1位にいるペイペイですら、相当な努力をしてその地位を獲得しています(※9)。
ペイペイは全国に3,000人もの営業員を投入し、飲食店や小売店などにペイペイを導入するよう働きかけてきました。中小加盟店には、手数料を3年間無料にするという破格の条件も提示しています。
一般ユーザーの囲い込みには、テレビCMを大量かつ長期にわたって流して知名度を上げ、幾度となくキャッシュバック・キャンペーンを行い、いわば「お金を支払って使ってもらう」ことさえしてきました。
それでもペイペイ事業はもうからず、2020年3月期と2021年3月期を合わせた営業赤字額は1,548億円に達します。登録者数3,800万人、加盟店316万店、年間決済回数20億回(2021年)のペイペイでもこの惨敗です。
そのペイペイも我慢の限界に達し、2021年8月、ついに中小加盟店向け手数料を有料化すると発表しました(※10)。
この有料化は3年間無料の約束が終わったものなので、本来はサプライズではありません。しかしマスコミはセンセーショナルに伝えていて、見出しに「激震」の2文字を盛り込んだメディアもあります(※11、プレジデント「ついに訪れたペイペイ手数料有料化の激震」)。
ペイペイの有料化がセンセーショナルになってしまったのは、スマホ決済は無料というイメージが企業や消費者に根づいていたためでしょう。
消費者がペイペイを使っても手数料は発生しません。しかし、店がペイペイに使用料を支払うようになれば、その分が料金に転嫁される可能性があり、消費者にとっても他人事ではありません。
まして小売店や飲食店は、原材料費や仕入れ商品が値上がりしているところに、ペイペイの使用料を負担することになるので、ダブルパンチを受けます。
この洗礼は、グーグル・スマホ決済も浴びることになるでしょう。
※9:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB177CR0X10C21A8000000/
※10:https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00138/090600871/?n_cid=nbpds_top3
※11:https://president.jp/articles/-/46010
まとめ~サービス向上合戦は楽しみ
グーグルのサービスを、生活インフラやビジネスインフラに数えている人は多いはずです。検索、メール、地図で、毎日グーグルにアクセスしている人も珍しくありません。
そのグーグルがスマホ決済に参入することは、消費者としては頼もしい限りです。企業にもビジネスチャンスになるでしょう。ただ「グーグルは無料」と感じている人は多く、有料スマホ決済にどの程度需要があるのか未知数です。
スマホ決済に付加価値をつけることができた企業が生き残ることになるでしょう。企業のサービス向上合戦は楽しみです。