金融全般

SWIFT排除が金融制裁になるのか?ウクライナ情勢でみえた世界のお金

ウクライナ情勢のニュースをチェックしている人は、何度もSWIFT(スイフト)という言葉を耳にしたと思います。

欧米などの西側諸国はウクライナ戦争を起こしたロシアに制裁を加えるために、Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunicationという世界金融の輪からロシアを排除しました。これによりロシア企業は海外との取引がしにくくなるので経済が大打撃を受けるというわけです。

この記事では、SWIFTがどのような仕組みで、なぜSWIFTから排除されると自国の経済がダメージを受けるのか解説します。

先に結論を紹介すると、SWIFTが世界のお金の大きな流れをつくっているからです。

SWIFT利用はロシアへの経済制裁メニューの1つ

ロシアへの経済制裁のメニューは複数あり、SWIFTを使った金融制裁はそのうちの1つです。そこでSWIFTに焦点を当てる前に、アメリカ、ヨーロッパ、日本がロシアに対してどのような制裁を発動したのか確認しておきます。

アメリカの制裁の紹介

アメリカは自国民に対し、ロシア中央銀行やロシア財務省などと取引することを禁じました(※1)。

ウクライナ侵攻を受けてロシアの通貨ルーブルは暴落しましたが、ロシア中央銀行が海外と取引できなくなったことで、同行はルーブルを買い支えすることができません。自国通貨が暴落すると実質的に輸入品の価格が跳ね上がるので物価が高騰して国民が苦しみます。

アメリカはさらに、ロシア大統領やその周辺の人物が資産運用していたアメリカの金融商品の資産を凍結したり取引停止したりしました。

※1:https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/03/ab188b663fcfb773.html

ヨーロッパの制裁の紹介

ヨーロッパの制裁のうち最も強力なものが、冒頭で紹介したSWIFTからロシアを締め出すことです。これは次の章で確認します。

その他の制裁では、ウクライナ戦争に加担しているロシアの人物がEU内に持つ資産を凍結したり、EU内に入れないようにしたりしました(※2)。またEUの企業などは、航海に関連する製品や無線通信技術をロシア人やロシア企業などに販売、供給、譲渡、輸出することを禁止されました。

EUはさらに、ロシアの公的マスメディアであるロシア・トゥデーとスプートニクがEU域内で放送することも禁止しました(※3)。ロシアの「口」を封じたわけです。

※2:https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/03/7d010d2baa06124d.html
※3:https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/03/ddaf97d7209c9031.html

日本の制裁の紹介

日本もロシアの議員や財閥トップなど61人の資産を凍結することを決めました(※4)。加えてロシアの大規模銀行の資産凍結も決めました(※5)。

資産凍結とは、資産の移動や使用を禁止することです。例えば、資産凍結の対象となったロシア人が日本の銀行に円を預金していたら、それをおろすことができなくなります。資産没収と異なり、資産凍結は凍結解除となれば対象者は再びその資産を移動・使用することができます。

日本政府はさらに、ロシアに奢侈品を輸出することを禁止しました(※6)。奢侈品には酒、たばこ、乗用車、ノートパソコン、時計、グランドピアノなどが含まれます。

※4:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA151QX0V10C22A3000000/
※5:https://www.asahi.com/articles/DA3S15222365.html
※6:https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade_control/01_seido/04_seisai/downloadCrimea/20220329press_russia.pdf

SWIFTの制裁効果は相当強い

本稿でなぜSWIFTを、その他の制裁と区別して紹介しているのかというと、効力が桁違いに強いからです。

先ほどSWIFTのことを世界金融の輪と紹介しましたが、正確には2つの意味があります。

SWIFTの1つ目の意味は、ベルギーにある、金融機関を結ぶ情報通信サービスを運営する団体の名称です。

2つ目の意味は国際送金のネットワークです。そのネットワークはSWIFT Netといい、ある国の金融機関の送金指示を、別の国の金融機関に伝える役割を果たします。

そして意外に感じるかもしれませんが、SWIFTはアメリカ政府がコントロールできるものではなく、コントロールできるのはベルギー政府と、ベルギーが属しているEU政府です。

ではアメリカがSWIFTに影響力を持っていないのかというとそうではありません。アメリカはEU諸国に強い影響力を持っているので、アメリカがEUに強く求めればEUもそれは無視できません。

この章では、1)団体としてのSWIFTと、2)SWIFT Netの役割について解説します。

SWIFTの制裁力の強さは2)で紹介します。

団体としてのSWIFTとは

もう1つ意外な事実があります。それはSWIFTが民間組織であるという点です。

SWIFTは1973年に共同組合の形でつくられ、各国の銀行間の国際金融取引を仲介する業務を始めました。団体としてのSWIFTは国際銀行間通信協会と訳されています。

現在は日本を含む200以上の国と地域の1万1千以上の金融機関がSWIFT経由で国際金融取引を行っています。

SWIFT Netの役割~だから国に金融制裁ができる

A国のA銀行→送金指示SWIFT Netを経由→B国のB銀行がb社の口座に入金する
A国のA銀行がa社の口座に入金する←SWIFT Netを経由送金指示←B国のB銀行

世界中の金融機関がSWFITを頼りにするのはSWIFT Netがあるからです。

例えばA国のA銀行が、B国のB銀行のb社の口座に送金することになったとします。この送金の通信をSWIFT Netが担います。SWIFT Netは通信ツールです。

B銀行は、SWIFT Net経由で「b社の口座に送金するように」と伝えられると、それは信用できる送金指示なので、安心してb社の口座にお金を入れることができます。

このままではB銀行がお金を損していますが、逆にB国のB銀行が、A国のA銀行のa社の口座に送金することになったら、そのお金はA銀行が負担します。

そのため、B銀行によるb社口座への入金とA銀行によるa社口座への入金は相殺することができます。

こうした取引が行われることで、b社もa社も安心して国際取引ができますし、しかもA銀行もB銀行も、複数の取引を相殺できるのであまり事務作業の負担がかかりません。

SWIFTのSWIFT Netは今や、グローバル企業のグローバル展開の土台になっています。そしてどの国も外貨を稼がないと自国経済を回していけないので、SWIFTは経済の命綱になります。

ロシアのSWIFT排除は、ロシア経済の命綱を切るようなものです。

SWIFTの力が弱まるのは本当か

EUは2022年3月2日にSWIFTからロシアの銀行を排除しましたが、この記事を執筆している4月5日現在、ロシア経済が破綻したという重大ニュースは流れていません。

そうなると、本当にSWIFTからの排除はロシア経済の命綱を切ったのか、という疑問が湧くと思います。

3月2日の段階でSWIFTから排除されたのはVTBバンク、VEBバンク、バンクロシア、オトクリティ銀行、ノビコムバンク、プロムスビャジバンク、ソブコムバンクの7行です。VTBバンクはロシア第2の銀行であり、この7行でロシア国内の全金融機関が持つ資産の2、3割を保有します(※7)。

したがって「銀行の2、3割が機能しなくなる」と考えると制裁効果は高いと感じますが、「まだ7、8割は機能する」と考えるとロシア経済が破綻するほどではないとも思えます。

さらにロシア第1の銀行であるズベルバンクと、エネルギー部門に強いガスプロムバンクの2行はSWIFTから排除されていません(※7、8)。

それは、この2行の国際金融取引を停止してしまうと、EUがロシアから原油やLNG(液化天然ガス)を購入できなくなるからです。特にEUのリーダー国であるドイツは、ロシアから大量のLNGを購入していてその供給が止まるとドイツ経済も国民経済も大混乱に陥ります。ドイツが反対したからズベルバンクとガスプロムバンクがSWIFTから排除されなかったのではないか、という観測も流れています(*8)。

そのため現在のところ、EUが行っているSWIFT排除はあくまで「命綱を切るようなもの」であり「命綱を切った」わけではないようです。

※7:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB289100Y2A220C2000000/
※8:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-03-09/R8HBAODWLU6F01

中国ならロシアを助けることができる?

ここで注意しなければならないのは、欧米がロシアに「戦争をやめないからSWIFTから排除する」と脅しをかけることができるのは、SWIFTがロシア経済に影響力を持っているからです。

そのため、もしロシアがSWIFTを必要としなくなれば、欧米のその脅しはロシアに対して効かなくなります。

SWIFTの効力が落ちることは、今すぐ起きることではありませんが、理論上はいつ起きてもおかしくないことといえます。なぜなら、ロシアの銀行がSWIFTを使わずに海外の銀行と取引できるようになればよいだけだからです。

ロシア中央銀行は、SWIFT Netと似たメッセージングシステム「SPFS」を持っています(※9)。

さらに中国の中央銀行である中国人民銀行は国際銀行間決済システム「CIPS」を持っていて、これには欧米の金融機関だけでなく三菱UFJ銀行やみずほ銀行も接続しています(※10)。中国が本気でロシアを支援しようとすればCIPSを使わせてあげることができます。

したがって理論上は、SWIFTの経済制裁力がいつ低下してもおかしくない状況にあるといえます。

ではなぜ、今すぐSWIFTの経済制裁力が落ちることはないのかというと、SPFSもCIPSもまだ、SWIFTほどの規模感も性能もないからです。

※9:https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-swift-alternatives-idJPKBN2L50F6
※10:https://www.nikkei.com/article/DGXKZO44995850Z10C19A5EA2000/

まとめ~今こそ世界を知る好機

戦争をやめさせるために武力行使することは、戦いを拡大させるだけです。したがって火薬を使わない経済制裁は、戦争をやめさせたい国にとってとても重要な切り札になります。

そして資源を輸出して外貨を稼ぐロシアもグローバル経済の恩恵を受けているので、経済制裁は「いずれ」効くはずです。

SWIFTの仕組みを知ることは、国際政治を理解する手掛かりになりそうです。