金融全般

eKYCはネット・ビジネスやスマホを使った金融サービスに欠かせない技術

エレクトロニック・ノウ・ユア・カスタマー(以下、eKYC)は電子的本人確認と訳され、インターネット・ビジネスやスマホを使った金融サービスに欠かせない技術です。

インターネット通販のECや、インターネット経由での仕事紹介、あるいはインターネット上での株式の売買など、インターネットだけで完結する商取引や金融サービスが増えています。

このようなインターネット完結型の商取引では、本人確認のために運転免許証をスキャンして、その画像データを取引先にメールで送信することがありますが、これがeKYCです。

eKYCを使えば面談して本人確認をすることも運転免許証をコピーして郵送することも不要になるので、インターネット・ビジネスが効率化されます。

身近に存在しながらあまり知られず、しかしとても重要な技術であるeKYCを解説します。

また、eKYCの課題もみえてきたのであわせて紹介します。

eKYCは法律で認められた手法

本人の顔写真のデータと運転免許証をスキャンした画像データで本人確認を済ませて、金融取引などのビジネスを進めて大丈夫なのか、という疑問が湧くと思います。

答えは、法律で認められているから大丈夫、となります。

金融庁は次のように説明しています(※1)。

■eKYCに関する金融庁の見解

犯罪収益移転防止法では、オンラインで完結可能な本人確認方法として、従前から公的個人認証サービスなどの電子証明書を用いた方法が整備されているほか、2018年11月には、フィンテックへの対応の観点から犯罪収益移転防止法施行規則が改正され、本人確認書類の画像・ICチップ情報などを用いた新たな方法も整備されました。 金融庁では、従来から、こうしたオンラインで完結可能な本人確認方法の導入を計画する金融機関からの相談に応じることなどを通じて、その導入を支援してきました。

オンラインとはインターネット利用のこと。

そして「個人認証サービスなどの電子証明書を用いた方法」や「本人確認書類の画像・ICチップ情報などを用いた新たな方法」がeKYCです。

犯罪収益移転防止法によって、eKYCで本人確認できればインターネット・ビジネスやインターネット金融を行ってもよいことになったのです。

ITの進化によって本人確認の規制が緩和されたわけです。

※1:https://www.fsa.go.jp/common/law/guide/kakunin-qa.html

eKYCの前にKYCを知る

eKYCはeがついたKYCであり、つまり「電子的でインターネット的なKYC」です。

そのためeKYCを理解するにはKYCの知識が欠かせません。

KYCは今も普通に行われている本人確認の方法

銀行の口座をつくる人は、窓口で必要書類とともに運転免許証などを提示します。このとき窓口の担当者は、運転免許証の写真と目の前にいる人の顔を見比べて、運転免許証が本人のものであることを確認します。これがKYCです。

KYCが済めば銀行側は、運転免許証に書かれてある氏名や住所などの情報が口座開設希望者のものであると確証できるので、その情報で口座を開設します。

なぜKYCが必要なのか

KYCが必要ない商取引や金融サービスもあります。なぜ、KYCが必要な場合と不要な場合があるのでしょうか。

例えば、コンビニでおにぎりを買う商取引も、自分の銀行口座から別の人の銀行口座に送金するときもKYCは行われていません。

KYCは、商取引の行為者が信用できるときは不要で、信用できるかどうかわからないときに必要になります。

コンビニでおにぎりを買う場合、現金に信用があるので、商取引の行為者(おにぎりを買う人)も信用できます。だからKCYは要りません。

銀行口座から送金するときは信用の確認が必要ですが、銀行口座をつくったときにすでにKYCを実施しているので、送金の都度KYCを実施する必要はありません。

KYCを行わず、なおかつ商取引の行為者に信用がないと、誰かになりすますことができ、詐欺などの犯罪が簡単に成立してしまいます。

KYCによって、なりすましをすぐに発見し経済犯罪を予防できれば、商取引や金融サービスが安定します。

なぜeKYCが登場したのか

KYCの電子版でありインターネット版であるeKYCが登場した理由について、国民生活センターは次のように説明しています(※2)。

■eKYCが必要なった理由(国民生活センターの見解)

官民問わず、私たちを取り巻くあらゆる生活シーンにインターネット(オンライン)で完結できる確かな本人確認手法が浸透していくことで、これまでオフラインの空間に縛られていたさまざまな制約が取り払われていきます。 そうしてオンライン本人確認が浸透した際の、社会的な効用として期待できるのが、手続きの効率化です。

インターネットを使わないKYC(オフラインによるKYC、リアルでのKYC)は制約が多く不便で、インターネットを使ったeKYCが効率的だからeKYCが合法化されたわけです。

※2:https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202109_04.pdf

eKYCがどれほど便利か

eKYCはとても便利です。

これを使えば、消費者や利用者はKYCのためにわざわざ店舗に出向いたり、そこで申請書に記入したりしないで済みます。

またeKYCがあるおかげで、スマホだけで株式投資を始めることができます。

さらに仕事紹介サイトでは、仕事を依頼する企業は、仕事を引き受けてくれる個人事業主の身元を確認したくなります。eKYCがあれば企業の担当者は、個人事業主とリアルに面談することなく身元確認を済ませることができます。

また、市役所などの行政機関では、いまだに住民にサインや押印を求めることがありますが、eKYCで本人であることを確認できればそのような物理的な行為が要らなくなります。

eKYCのメリットはまだあります。

eKYCでは個人情報がデータ化されるので2次利用が容易になります。こればビッグデータの1つになり、ビジネスで大いに役立ちます。

eKYCの方法は犯収法で定められている

eKYCの方法は、犯罪収益移転防止法(以下、犯収法)の施行規則で定められていて、主なものは以下の4つです(※3、4)。

■eKYCの方法:( )内は同施行規則の条項

  • 「本人確認書類の画像」と「本人の容貌の画像」を送信する方法(第6条1項1号ホ)
  • 「本人確認書類のICチップ情報」と「本人の容貌の画像」を送信する方法(第6条1項1号ヘ)
  • 「本人確認書類の画像もしくは本人確認書類のICチップ情報」を送信して、事業者が「銀行などの顧客情報に照会する」方法(第6条1項1号ト)
  • 「マイナンバーカードに記録された署名用電子証明書」を送信する方法(第6条1項1号ワ)

1つずつみていきましょう。

※3:https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=420M60000f5a001
※4:https://www.fsa.go.jp/common/law/guide/kakunin-qa/2.pdf

「本人確認書類の画像」と「本人の容貌の画像」を送信する方法

「本人確認書類の画像」と「本人の容貌の画像」を送信する方法とは、運転免許証やマイナンバーなどの顔写真がついた本人確認書類の画像データと、スマホで撮影した顔写真のデータを送信して、本人確認してもらう方法です。

「本人確認書類のICチップ情報」と「本人の容貌の画像」を送信する方法

「本人確認書類のICチップ情報」とは、運転免許証やマイナンバーカードに埋め込まれているICチップ内の情報のことです。

ICチップ内の情報は偽造が難しいので、先ほど紹介した「本人確認書類の画像と本人の容貌の画像」よりは確実な本人確認手法といえます。

ただICチップ内の情報を読み取る機器が必要になります。

「本人確認書類の画像もしくは本人確認書類のICチップ情報」を送信して、事業者が「銀行などの顧客情報に照会する」方法

「本人確認書類の画像もしくは本人確認書類のICチップ情報」を送信して、事業者が「銀行などの顧客情報に照会する」方法は少し複雑です。

まず、本人確認書類の画像か本人確認書類のICチップ情報のいずれかを送信するのは上記の2つと同じです。

続いて「銀行などの顧客情報に照会する」方法ですが、これを行うには利用者が銀行などに対し、自分が確認記録上の顧客であることを確認して欲しいと申告する必要があります。その後銀行などが、確認記録上の顧客であることを確認しeKYCが完了します。

これは銀行などの協力がないと実行できません。

「マイナンバーカードに記録された署名用電子証明書」を送信する方法

「マイナンバーカードに記録された署名用電子証明書」のことを「公的個人認証サービスの署名用電子証明書」と呼ぶこともあります。

署名用電子証明書と「電子署名が行われた特定取引等に関する情報」を送信することでeKYCを行います。

「電子署名が行われた特定取引等に関する情報」とは、例えば口座開設申込書などのことで、で暗号化前のものと暗号化後のものが必要になります。

この2つを受け取った事業者は、地方公共団体情報システム機構に署名用電子証明書が有効であるかどうか確認し、有効であればeKYCが完了します。

まとめに代えて~偽造予防や犯罪対策に課題が残る

ネット銀行のセブン銀行は2020年にeKYCを導入し、これによって顧客の口座開設の手続きにかかる時間が1週間から10分に短縮したそうです。eKYC関連のコンピュータ・システムの市場規模は2020年に約40億円となり、前年の約3倍になりました(※5)。

eKYC利用は今後ますます広がると思いますが、より便利なインターネット・サービスが登場すると必ずといってよいほど現れるのが犯罪です。

eKYCでは偽造した免許証などで手続きできないように、免許証の厚みがわかる画像も送信させることがありますが、銀行の担当者からは「精巧な偽造免許証は見抜くのが難しい」という声も漏れています(※5)。

ICチップを使う方法(本人確認書類のICチップ情報と本人の容貌の画像を送信する方法)は安全性が高いのですが、運転免許証の暗証番号を覚えている人が少なく、マイナンバーカードは暗証番号が複雑なうえに普及率は高くありません。

また、ICチップ内の情報を読み取るには、スマホに専用のアプリをダウンロードしなければなりません。

使い勝手をよくすると犯罪者に狙われ、犯罪予防を強固にしすぎると使い勝手が犠牲になります。eKYCは両者のバランスを取りながら利用していくことになるのでしょう。

※5:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB0827W0Y2A600C2000000/