金融全般

銀行とフィンテック企業が対立?金融庁の思惑とは違った方向へ

国(金融庁)は日本でもっとフィンテックを広めようと、銀行などの金融機関に対して、フィンテック企業と連携するよう促しています。この流れを加速させるために法律を改正したほどです(※1、2)。

銀行=フィンテック企業の協力は、大筋では進んでいますが、一部ではうまくいっていないところもあります。

金融をIT化デジタル化するフィンテックは一大ビジネスに成長できるポテンシャルを持っているだけに、銀行側もフィンテック企業側も主導権を握りたいという思惑があるようです。

この記事では、金融庁がジャパン・フィンテックの将来像をどのように描いていて、なぜそれがつまずくことがあるのか解説します。

※1:https://www.fsa.go.jp/news/r3/20210831/20210831_allpages.pdf
※2:https://www.fsa.go.jp/common/diet/193/01/setsumei.pdf

フィンテック企業とは

「フィンテック企業」の定義は簡単ではありません。なぜなら最近は、銀行もフィンテック事業に力を入れていて、そういった意味ではフィンテック企業だからです。

ただ本稿では、電子決済等代行業者のことをフィンテック企業としておきます。

電子決済等代行業者になるには金融庁に登録しなければなりません。すでに次のような企業が登録を済ませています(※3)。

●フリー●マネーフォワード●弥生●LINE Pay●楽天ウォレット

フリー、マネーフォワード、弥生は、会計ソフトなどの「お金まわり」のソフトやシステムやアプリなどを開発している会社です。LINE Payや楽天ウォレットは、キャッシュレス事業を展開しています。

このような企業はインターネットやコンピュータを使って「お金まわり」の事業を展開しているので、フィンテック企業という名称に相応しいでしょう。

ところが電子決済等代行業者には次のような企業も名を連ねています。

●三菱UFJモルガン・スタンレー証券●楽天銀行●NTTデータ●KDDI●ヤフー●ENEOS●三井住友カード

これらの企業はフィンテック企業と呼ばれるより、証券会社、ネット銀行、IT企業、携帯キャリア、ネット企業、エネルギー企業、クレジットカード会社と呼ばれるのが普通です。

そのため本稿に限っては、こちらの電子決済等代行業者はフィンテック企業とは考えません。

※3:https://www.fsa.go.jp/menkyo/menkyoj/dendai.pdf

銀行とユーザーをつなぐ企業

電子決済等代行業者(本稿のフィンテック企業)の主な仕事は、銀行とユーザーをつなぐことです。
銀行はユーザー(預金者)からお金を集めて、ユーザーに金融システムを提供しています。

一方、電子決済等代行業者は、自分たちではお金を集めません。電子決済等代行業者は自分たちのユーザーに金融サービスを提供するだけです(※4)。

電子決済等代行業者がユーザーに提供している金融サービスには、銀行を使った送金サービス、銀行口座内の預金残高や取引状況の通知、銀行口座と連動した会計システムの提供などがあります。

このうち例えば銀行を使った送金サービスとは、ユーザーが電子決済等代行業者に「自分の銀行口座からXに送金するように」と指示すると、電子決済等代行業者がユーザーに代わって銀行にXへの送金を指示し、送金が完了します。

電子決済等代行業者の金融サービスに「銀行を使った」「銀行口座内の」「銀行口座と連動した」とついていることから、電子決済等代行業者が銀行とユーザーをつなげていることがわかると思います。

※4:https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64633?pno=2&site=nli

なぜ金融庁は銀行とフィンテック企業を連携させたいのか

日本のフィンテック事業は、IT企業やネット企業、ベンチャー企業などがリードしてきた経緯があります。フィンテック時代が幕開けした当初は、新しい金融サービスであるフィンテックはIT企業などが担い、伝統的な金融サービスを銀行などが担当するというすみわけができていました。

しかし、キャッシュレスや暗号資産、ネットバンキング、クラウド会計システムなどの登場でフィンテック・ビジネスが拡大すると、銀行などが手がける伝統的な金融サービスが「食われていく」ようになりました。加えて超低金利政策が長引き、銀行は稼ぎにくくなっています。

そのため銀行などもフィンテックに参加するようになりました。

そして新たな問題が発生しました。それはフィンテック企業やフィンテック・サービスの質の低下です。新しい技術や新しい企業がフィンテック事業を担っていたので、どうしても不安定になってしまいます。

しかし金融サービスの不安定化は経済活動の根本を揺るがすことになるので、金融庁が調整に入ることになりました。

金融庁は2017年に「銀行法等の一部を改正する法律案に関する説明資料」を公表しました(※5)。

このなかで、1)なぜ電子決済等代行業者にテコ入れするのか、や、2)フィンテック事業を推進するためにどのようなことに取り組むのか、などを説明しています。その部分を、少し長くなるのですが引用してみます。

<電子決済等代行業に関する法制度の整備~金融庁>

■電子決済等代行業者の体制整備と安全管理に係る措置
●利用者保護のための体制整備
● 情報の安全管理義務
●財産的基礎の確保
●電子決済等代行業に関する法制度の整備

■電子決済等代行業者と金融機関の契約締結など
●サービス提供にあたり以下の事項を含む契約を締結
・利用者の損害に係る賠償責任の分担
・利用者に関する情報の安全管理

■金融機関におけるオープン・イノベーションの推進に係る措置
●電子決済等代行業者との連携・協働に係る方針の策定・公表
●電子決済等代行業者との接続に係る基準の策定・公表
●オープンAPI導入に係る努力義務

ここから金融庁が、電子決済等代行業者(フィンテック企業)をしっかり管理して、利用者(ユーザー)をしっかり保護していこう、と考えていることがわかります。

そして「イノベーションの推進」は、フィンテック事業の拡大に他なりません。

どのようにフィンテック事業を拡大させていくのかというと、銀行(金融機関)とフィンテック企業(電子決済等代行業者)を連携、協働させていく形で進めていきます。そしてこの資料で注目したいのが、金融庁が銀行に課した「オープンAPI導入の努力義務」です。

次の章で、そもそもオープンAPIとは何であるかを解説したうえで、銀行に課された努力義務の内容を紹介します。

※5:https://www.fsa.go.jp/common/diet/193/01/setsumei.pdf

オープンAPIの努力義務とは

API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)は、あるアプリのデータを他のアプリでも使えるようにする技術です。ここでの「アプリ」にはシステムやクラウド型ソフトなども含みます。

そして「銀行によるオープンAPI」とは、銀行とフィンテック企業などの外部事業者との間のデータ連携を可能にする仕組みです(※6)。

したがって「オープンAPI導入の努力義務」とは、金融庁が、銀行などの金融機関に対して「自分たちのシステムとフィンテック企業のシステムを接続できるような措置を講じなさい」と指示したようなものです。

これをさらに意訳すると、銀行に「フィンテック企業が銀行のデータを使えるようにしなさい」と指示しています(※7)。

銀行はユーザー(預金者や企業などの顧客)のデータを大量に持っています。これは、フィンテック事業で押され気味の銀行にとって、とても重要な強みです。ところが金融庁は、銀行に対し、フィンテック企業がユーザーのデータにアクセスできるようにしなさいと指示したのです。

しかもAPIに必要な整備は、銀行側が用意しなければなりません(※8)。それにはお金がかかります。
そのため銀行側は、API接続を望むフィンテック企業に対して、銀行のユーザー・データにアクセスするときに手数料を請求することにしました。

これが「銀行とフィンテック企業が対立?」という状況を生むことになりました。


※6:https://www.zenginkyo.or.jp/article/tag-g/9797/
※7:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB244VT0U2A120C2000000/?unlock=1

※8:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/sankankyougikai2019/fintech/dai1/siryou3.pdf

フリーと楽天銀行の破談

クラウド会計ソフトを提供しているフィンテック企業(電子決済等代行業者)のフリーと楽天銀行は、API連携に取り組んでいました。しかし2022年1月、このAPI連携が終了してしまいました(※7)。

両者のAPI連携はユーザーにとても好評でした。フリーの会計ソフトを使っているユーザーが楽天銀行に口座を持っていると、口座を使った取引内容を自動で会計ソフトに反映させることができました。ユーザーは経理業務や会計業務を効率化できます。

フリーの会計ソフトのユーザーは個人事業主や中小企業などが多いので、API連携を使った金融サービスの規模は必ずしも大きいとはいえませんが、それでもれっきとした業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)化といえます。

つまりフリーと楽天銀行の破談は、DX化の流れと逆行してしまいます。

ではなぜ両者が破談したのかというと、お金の問題のようです。「ようです」というのは楽天銀行が「契約満了に伴う終了」とアナウンスしているからです。

しかし、楽天銀行は、API接続の回数に応じて、フリーから手数料を得ていました。もし、フリーが、楽天銀行が満足するだけの手数料を支払うことができれば、楽天銀行も契約の延長を望むはずです。

日本経済新聞はこの破談に理由について「回数の算定方法や料金設定などは個別交渉が必要となる場合が多く、開放する銀行側とデータに接続する側(フィンテック企業)との間でのせめぎ合いが今後も予想される」と見立てています(※7)。

まとめに代えて~フィンテック企業のほうがしたたか?

楽天銀行VSフリーでは、フリーの会計システムのユーザーの利便性が低下するので、フリーが負けた形になりますが、しかしフィンテック企業はしたたかです。

フリーは2022年1月にクレジットカード事業に参入しました。「freeeカード」といいます(※9)。
つまり、会計システムという間接的な金融サービスだけでなく、お金を貸す直接的な金融サービスに手を広げたことになります。

フリーの会計システムのユーザーが、freeeカードを使って事業をすれば、クレジットカードの使用履歴を自動で会計システムに取り込むことができます。つまりフリーがユーザーの「お金まわり」のデータを直接手に入れることができます。

freeeカード(クレジットカード)を運営するのはフリーの100%子会社のフリーファイナンスラボ株式会社です。

また、別のフィンテック企業であるマネーフォワードは、地方銀行と組んで、中小企業のDX化支援事業をスタートさせています(※10)。

銀行は「たくさん」あるので、フィンテック企業は自社に協力してくれる銀行と組むことができます。つまりやり方はいくらでも考えつくというわけです。

フィンテック・ビジネスの拡大は止められないかもしれません。

※9:https://www.freee.co.jp/finance/card/index4.html
※10:https://corp.moneyforward.com/news/release/service/20220224-mf-press-2/