脱炭素社会にはお金がかかり、移行金融が必要となる
移行金融は、地球と人類を救う金融サービスといえます。
地球温暖化問題とは、地球が温かくなりすぎて気候が異常に変化して自然生態や人間社会に深刻な影響が出る現象のことです(※1)。そして脱炭素社会とは、地球温暖化の元凶となっている温室効果ガスの排出をゼロにする取り組みのことです(※2)。
したがって早急に脱炭素社会へと移行しなければならないのですが、それには多額のお金が必要になります。そのお金を集めるのが、移行金融(トランジション・ファイナンス)です。
この記事では移行金融がどのように脱炭素社会づくりに関わってくるのか解説します。
※1:https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/chishiki_ondanka/p01.html
※2:https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/
なぜ脱炭素に多額の費用がかかるのか
移行金融という特別な金融サービスをつくらなければならないのは、温暖化対策には莫大な資金が必要になるからです。
脱炭素だけでよいのならお金はかかりません。なぜなら温室効果ガスは、人類が活動を止めれば減るからです。
しかし人類は活動を止めるわけにはいかないので、「温室効果ガスを出しながら行ってきた活動」と同じ活動を「温室効果ガスを出さない方法」で行っていかなければなりません。
「温室効果ガスを出さない方法」をつくるのにお金がかかるのです。
例えば、ガソリンを燃やして自動車を走らせると温室効果ガスを排出しますが、だからといって自動車を止めるわけにはいきません。そこで風力発電や太陽光発電で電気をつくり、その電気で電気自動車を走らせます。そして風力発電所をつくるにも、電気自動車をつくるにも莫大なお金が必要になります。
移行金融とは脱炭素への投資や研究開発のお金を集めること
移行金融とは、脱炭素社会の実現に欠かせない設備投資や研究開発に使う資金を調達することです。
移行金融の種類はさまざまで、例えば、環境ビジネスの株式会社を設立すれば、そのとき株式を発行して資本金を調達するので、これも移行金融といえます。
既存の企業が環境ビジネスに投資する目的で社債を発行することも、金融機関から環境ビジネス用の融資を受けるのも移行金融とみなされます。
移行金融が必要とされている領域とは
脱炭素社会の実現に必ず移行金融が必要というわけではありません。先ほども触れましたが人類が活動量を減らせば温室効果ガスが減るので、省エネも脱炭素社会には欠かせません。しかし、無駄な電気を使わない省エネを実行するのにお金は必要ないので、したがって移行金融も必要ありません。
つまり移行金融は、現状から脱炭素社会に移行するのに多額の資金が要る領域にのみ必要になります。
その領域を考えてみます。
石炭火力をやめるには移行金融が必要
地球温暖化問題では、CO2排出量が他の発電方法より多い石炭火力発電がやり玉にあがっています(※3)。それでも日本の電源構成における石炭火力発電は、2019年の段階で25%を占め、2030年の予想でも19%となっています(※4)。
日本が石炭火力発電をやめられないのは、他の燃料に比べて安価に購入できるからです(※3)。また石炭は、石油より長く採掘できる可能性があります。供給が安定している燃料は低コストで、不安定な燃料は高コストになります。
したがって、石炭火力発電をやめることは低コストの手法を手放すことを意味するので、すなわちお金がかかります。
石炭火力発電問題はお金の問題なので、移行金融が潤沢にあれば石炭火力発電から脱却できるかもしれない、と考えることができるわけです。
※3:https://www.yonden.co.jp/lp/kozoo/no7.html
※4:https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/pdf/energy_in_japan2021.pdf
水素社会をつくるには移行金融が必要
水素社会の実現は究極の環境対策といわれることがあります。水素はそのまま燃やしてエネルギーにすることもできますし、水素と酸素を化学反応させて電力を取り出すこともできます(※5、6)。
ただ水素は自然界にはほとんど存在しないので「何か」から水素をつくらなければなりません(※7)。
石炭や天然ガスからも水素をつくることはできますが、その水素で電気をつくっても石炭火力発電や天然ガス火力発電と質的に同じになるのでグリーンではありません。
したがってグリーンな水素をつくるには、太陽光発電や風力発電を利用しなければなりません(※8)。
太陽光発電所や風力発電所をつくるためのお金が必要になるわけですが、資金はその他にも必要になります。
水素社会にするには、水素の利用も増やさなければなりません。鉄や化学製品をつくるための燃料を水素にして、自動車や船や飛行機を動かす燃料も水素にします。これを実現するには1つひとつ水素を使って問題ないか調べなければなりません。
また、水素を供給するためのインフラの整備も必要になるでしょう。
さらに、もし本当に水素社会が実現したら必要な水素をすべて日本国内で生産することはできないので、海外から輸入することになります。水素生産国と歩調を合わせて水素社会を実現することが欠かせず、これもコストを押し上げます(※9)。
これらにすべてお金がかかるので、やはり移行金融が求められます。
※5:https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso.html
※6:https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/004_02_00.pdf
※7:https://www.nedo.go.jp/content/100639754.pdf
※8:https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso_tukurikata.html
※9:https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/suiso_nenryo/pdf/025_01_00.pdf
日本政府が考える移行金融
日本政府も脱炭素社会の実現を温暖化対策の重要課題の1つとみなしていて、移行金融がどれほど重要か知っています(※10)。ちなみに政府は移行金融をトランジション・ファイナンスと呼んでいます。
金融庁、経済産業省、環境省が2021年5月に公表した「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」によると、世界的な平均気温の上昇を産業革命前より2℃下げるなどのパリ協定の内容を実現するのに、2040年までに世界で7,370兆円の投資が必要になります(※11)。これが移行金融の総額といえます。日本の国家予算が大体100兆円なのでその73年分です。
この基本指針は、日本もその大規模移行金融事業に参画するために、資金調達者や資金供給者、市場関係者の実務担当者の参考にしてもらおうと作成されました。
トランジション(脱炭素社会への移行)のための資金調達者は、次の性質を持ちます。
■トランジションの資金調達者の性質
- 脱炭素化に向けた目標を掲げ、その達成に向けた戦略・計画を策定している
- その戦略・計画に即した取組を実施するための原資を調達する
- 他者の脱炭素化に向けたトランジションを可能にするための活動の原資を調達する
このように、お金を集める動機と目的が明白でなければなりません。さらに移行金融では次の4つの情報を開示しなければなりません。
- 資金調達者のトランジション戦略とガバナンス
- トランジション戦略が環境にプラスになることを示す科学的根拠(エビデンス)
- ビジネスモデルにおける環境面の重要度
- 実施の透明性
つまり、移行金融で集めたお金が実際にどのように使われたのかを第三者にも知らせなければなりません。
政府は、移行金融の投融資の是非は最終的に市場に委ねられる、としていますが、それでも移行金融は大きな金融ビジネスになるため上記のような縛りがかけられるわけです(※11)。
※10:https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/transition_finance.html
※11:https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/transition/basic_guidelines_on_climate_transition_finance_jpn.pdf
移行金融それ自体がビジネスになる
移行金融は多額の資金を集めて特定分野に投資をする仕組みなので、これはもうビジネスモデルといえます。つまり、移行金融が集めたお金で環境ビジネスが展開される一方で、移行金融自体もビジネスになるわけです。
銀行などの金融機関は、地球の温暖化を進める企業に融資をすると社会や世界から非難されます。その逆に、脱炭素ビジネスを展開する企業に融資すると、社会や世界から褒められます。
儲けの観点からすれば、温暖化推進企業に融資しても脱炭素企業に融資しても、お金を貸して利子を得ることには変わりありません。しかし儲けが同じなら社会と世界に喜ばれる後者を選択したほうがよいと判断できます。
金融庁は「金融機関が顧客企業の気候変動対応の支援を通じて、顧客企業の機会の獲得を後押しすることや、顧客企業の気候関連リスクを低減させることは、金融機関自身にとっても機会の獲得と気候関連リスクの低減につながり得る」と指摘しています(※12)。脱炭素企業に融資しましょう、といっているのです。
移行金融の目的がクリーンでグリーンでなければならないように、移行金融ビジネスもクリーン&グリーンが求められます。
※12:https://www.fsa.go.jp/news/r3/ginkou/20220425/01.pdf
まとめ~ただいつまでも頼ることはできない
移行金融関連では、お金を集めることのほかにもう1つ考えなければならないことがあります。それは黒字化です。
移行金融は善行のイメージがありますが、金融であることには変わりありません。つまり金融機関が投資家からお金を集めて融資や投資をして利益を出して投資家に利子を支払って、金融機関自身も利益を得なければなりません。移行金融にも、シビアな金融ビジネスであることが求められます。
脱炭素社会への移行期は、環境ビジネスを黒字化することは難しいでしょう。しかしいつまでも移行金融だけに頼って黒字化を先延ばしすることはできません。それは破綻を意味します。
石油ビジネスや自動車ビジネスが黒字化したように、環境ビジネスや脱炭素社会ビジネスも移行金融で得た資金を元手にして黒字化していかなければなりません。