相場操縦とはどのような行為で、なぜ違法になっているのか?

時事通信が2022年3月5日に次のようなニュースを報じました(※1)。記事では社名と容疑者名が実名になっていますが、ここでは伏せています。

S証券会社の幹部ら4人逮捕 相場操縦容疑―本社を家宅捜索・東京地検

S証券会社の幹部らが株価を維持する目的で不正な株取引をしたとして、東京地検特捜部は4日、同社専務執行役員のエクイティ本部本部長ら4人を金融商品取引法違反(相場操縦)容疑で逮捕した。特捜部は同日夜、東京都千代田区の同社本社を関係先として家宅捜索した。
(中略)
逮捕容疑は2019年12月~2020年11月、立会時間外で株を買い取った上で売却先となる投資家を募る「ブロックオファー」取引で、上場会社5社の株について売買の基準額となる取引当日の終値が大幅に下落することを回避し、株価を維持する目的で買い注文を大量に入れた疑い。
(後略)

事の真実は裁判の過程で明らかになると思いますが、本稿では、相場操縦やブロックオファーとはどのような行為なのか、なぜそれが違法になっているのか、について解説します。

これらを理解できると、株投資のルールがわかります。さらに、相場操縦が違法になっているからこそ、株初心者の個人投資家でも安心して株投資をすることができます。

そういった意味では、相場操縦は、多くのビジネスパーソンが知っておいたほうがよい金融の基礎知識といえます。

※1:https://www.jiji.com/jc/article?k=2022030401324&g=soc

相場操縦と金融商品取引法

金融商品取引法は、株式(以下、株)などの金融商品の取引を公正に行うために、証券会社などの金融商品取引業者を規制する法律です。

同法第159条は「何人も、有価証券の売買が繁盛に行われていると他人に誤解させる等これらの取引の状況に関し、他人に誤解を生じさせる目的をもつて、次に掲げる行為をしてはならない」として、相場操縦を禁止しています。

これに違反すると、10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金に処されます(※2)。

相場操縦とは、「市場において相場を意識的、人為的に変動させ、その相場をあたかも自然の需給によって形成されたものであるかのように装い、他人を誤認させ、その相場の変動を利用して自己の利益を図ろうとする」行為です(※3)。

今回の事件で相場は、株式市場になります。したがって、株式市場において、人為的に株価を上げようとしたり下げようとしたりして、しかもそれを自然の流れのようにみせかけて、他人を誤解させて利益を得てはいけません。

※2:https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC0000000025
※3:https://www.jpx.co.jp/regulation/preventing/manipulation/index.html

何をしたと疑われているのか?

時事通信によると、今回の事件で捜査当局が問題視したのは、S証券会社が「上場会社5社の株価が大幅に下落することを回避して、株価を維持する目的で買い注文を大量に入れた」疑いがあることです。

証券会社が、ある株の買い注文を大量に入れると、それは投資家たちにすぐに知られます。一般の個人投資家も、ネット上でその情報を簡単に入手することができます。

すると投資家たちは「大量に買い注文を入れたのは、株価が上がる情報を入手したからに違いない」と推測し「じゃあ自分もその株を買おう」と判断します。

したがって、悪意を持ってある株の買い注文を大量に入れることは、意識的人為的に値上げさせた行為になり、相場操縦となって違法です。

もちろん、証券会社が本当に「この株は値上がりするに違いない」と判断して、特定の株に対して大量の買い注文を入れることはまったく問題ありません。違法になるかどうかは「意図」です。

捜査当局は、容疑者たちが1)5社の株価が値下がりすることを懸念して、2)値下がりを食い止めるために買い注文を入れた、とみているのです。

ブロックオファーとは

では、意図はどのように判定するのでしょうか。

悪意ある者が、相場を操縦しようと思って大量の買い注文を入れたのに、「私には相場を操縦する意図はなく、その株が値上がりすると思ったから買い注文を入れました」と弁明したら、どうなるのでしょうか。

もちろん証拠がなければ、「相場操縦の意図はなかった」と言われたら逮捕できません。

では捜査当局は、どのようにして容疑者に相場操縦の意図があったと認定したのでしょうか。それは容疑者たちがブロックオファーをしていたからです。

違法ではないブロックオファーが起爆剤に

ブロックオファーは株取引の一種で、これ自体は違法ではなく、しかも複数の証券会社がこれをしています。

上場企業の株の取引(株の売買)は通常、証券取引所で行われます。そして、実際に証券取引所で株の取引をするのは証券会社です。投資家は証券会社に売買の指示を出すことで、間接的に証券取引所で株の売買を行います。

ブロックオファーは通常の株取引とは異なる売買手法です。

ブロックオファーでは、証券会社が大株主からまとまった株を買い取り、証券取引所以外の場所で投資家に売却します。ブロックオファーは違法でないどころか、株取引の安定にも寄与します。

例えばA社が、上場企業のB社の株を大量に持っていて、これをすべて売却したいと考えていたとします。

  • 上場企業B社の株を大量に持っているA社「B社株を売りたい」

もしA社が、通常のルートでB社株を売ろうと考えて、証券会社を通じて証券取引所で売りの注文を出したら、B社株の株価は暴落してしまうでしょう。

B社の価値が激減してB社株が暴落するなら問題ありませんが、A社が売り注文を出しただけでB社株が暴落したら、A社もB社も、その他のB社株の株主も損失を受けます。

そこでブロックオファーが行われます。

証券会社がA社からB社株をすべて買い取り、証券取引所以外の場所で投資家に売るわけです。

ブロックオファーによる株取引

  • 証券会社がB社株の大株主であるA社から、大量のB社株を買い取る
  • 証券会社が複数の投資家にB社株を売却する
  • 元の株主であるA社はB社株を売った代金を得る
  • 証券会社はA社から手数料を得る
  • 証券会社は、B社株を安く買って高く売ることができればさらに利益を増やせる

通常の株取引(株の売買)

  • B社の大株主であるA社が、証券会社にB社株の売り注文を出す
  • 証券会社が証券取引所でB社株を売却する
  • 元の株主であるA社はB社株を売った代金を得る
  • 証券会社はA社から手数料を得る

証券会社がブロックオファーを引き受けるのは、そのほうが得られる手数料の額が大きくなるからです。

証券業界では、ネット証券の台頭で手数料の額が全体的に値下がりしています。ネット売買はコスト安なので、ネット売買を多く手がける証券会社はそれで利益を出すことができますが、ネット売買の取り扱い量が多くない古くからの証券会社は手数料で稼げなくなっています。

ブロックオファーをすれば、証券会社が買値と売値を設定できるので、株を安く買って高く売ることができれば、手数料以外の利益を得ることができます。

しかし、ブロックオファーを手がける証券会社にはリスクがあります。

もし、「大量のB社株がブロックオファーで売られるようだ」という噂が流れてしまうと、株式市場(証券取引所)でのB社株が値下がりします。

そうなるとブロックオファー経由でB社株を買おうとしていた投資家は、B社株を売ろうとしている証券会社に値下げを求めるはずです。それでは証券会社の利益が減ってしまいますし、最悪、赤字になることもあります。

そのためブロックオファーを手がける証券会社は、対象の株の株価が値下がりしては「困る」と考えます。つまりブロックオファーを手がける証券会社には、売却予定の株価を下支えしたいという動機が働きやすくなります(※4)。

そして今回の事件では、S証券会社はブロックオファーの対象株を、取引価格が決まる日に証券取引所で買い付けていました。

証券取引所で対象株を買い付ければ、対象株の株価は上昇しやすくなるので「株価の下支え」になります。そのためブロックオファーの取引が成立しやすくなります。それで捜査当局は「相場操縦の動機がある」とみたわけです。

※4:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB04F1Q0U2A300C2000000/?unlock=1

「控えるべきだった」という発言が意味すること

S証券会社の容疑者が逮捕されたことを受けて同社のトップは、ブロックオファーの対象となった株の買い付けについて「控えるべきだった」と述べ、次の内容を認めています(※5)。

  • 公正な市場の担い手であるべき証券会社が、信頼を揺るがしかねない事態を引き起こしてしまった
  • ブロックオファーの取引価格が決まる時間帯の行為は、市場の公平性や公正性に疑問を生じさせる可能性がある行動であることは明らかで、行動規範に反する行為として控えるべきだった

同社トップさらに、同社がブロックオファーを年数十回行っていて、収益は全トレーディング収益の5%になっていることも明かしました。

ブロックオファーによる利益は小さくなかったことがわかります。

※5:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB052RY0V00C22A3000000/?unlock=1

まとめ:だから安心して株投資ができる

株価は本来は、その株を発行した企業の業績や価値によって決まります。しかし実際は、噂や雰囲気によって株価が動くことがあります。

「ある企業の株が大量に売られるようだ」という噂が流れると、その株の株価は暴落します。しかしこの暴落は自然の流れなので、その株の株主は損失を被りますがそれを甘受しなければなりません。

したがってブロックオファーでそのような事態が起きても、ブロックオファーを手がけている証券会社は、その損失を甘受しなければなりません。

もし証券会社が、損失を甘受できず、「株価を下支えしたい」と考えてその株を証券取引所で大量に買い付ければ、相場を操縦した疑いがかけられてしまうでしょう。

相場操縦が起きると、本来、株式市場(証券取引所)でその株を安く買うことができるはずだった投資家が損失を被ることになります。

相場操縦を違法にしてそれを行った者に罰則を科すことは、投資家を守っていることになります。「相場操縦は行なわれていない」と思えるからこそ、投資家は安心して株投資をすることができます。