日本銀行が国の借金を肩代わりして大丈夫なのか?保有国債が含み損に

国債は国=政府の借金です。投資家が国債を買うとそのお金が政府に入りますが、政府は元本に利子をつけて投資家に返します。

この借金は税金で返済するので、国債残高は国民の借金と考えてもよさそうです。その額は1,000兆円に迫る勢いで、国民1人当たりの負担額は700万円を超えます(※1、2)。

そして日本銀行は2022年11月、保有している国債が9月末時点で含み損に転落したと発表しました(※3、4)。

含み損の額は8,749億円。

これはおかしな話で、国債を持っていれば利子がつくので利益が出ることはあっても損はしないはずです。

含み損が出る仕組みはとても複雑なのですが、あえて単純化すると、日本銀行が国の借金を肩代わりした結果、損を出してしまったということになります。

何が起きたのでしょうか。

そして日本銀行は日本の中央銀行なので「損している」と聞くととても不安になりますが、それで大丈夫なのでしょうか。

2つの基礎知識

日本銀行の保有国債の含み損のニュースは大々的に報じられましたが、これを理解するには2つの基礎知識が必要ですので先に解説します。

【基礎知識】国債価格と金利の関係「上がると下がり、下がると上がる」

日本銀行も国債を購入すれば投資家になります。

国債を持っていると金利収入が得られ、償還日が到来すると購入したときのお金(元本)が戻ってきます。これが国債投資になります。

「国債は元本が保証されている」と聞いたことがあると思います。これは事実ではありますが、厳密にいうと正しくありません。もし日本政府が破綻したら国債は単なる紙きれになるので、元本は戻ってきません。ただ世界第3位の経済大国の政府が破綻することは事実上ないので、国債は元本が保証されているようなものです。

国債には価格があり、それは金利によって上下します。

国債価格と金利は、国債価格が上がると金利が低下して、国債価格が下がると金利が上昇する関係にあります。

国債の購入方法は、発行したときに買う場合と、発行後に債券市場で買う場合の2とおりあります。

例えば、1,000円の国債が利回り1%で発行されたとします。このとき金利収入は10円(=1,000円×1%)です。したがって金利は当然1%です。

ここまでは問題ないと思いますが、ここから複雑になります。

この「利回り1%の1,000円」の国債の人気が出て、価格が1,005円に値上がりしたとします。人気が出ると品薄感が出て価格が上がるのは一般的な商品と同じです。

ところが元々「利回り1%の1,000円」の国債なので、利回りは1%のままなので金利収入も変わらず10円です。

しかし元々1,000円の国債を1,005円で買っているので、この時点で5円を損しているので、金利収入の10円から5円を差し引いた5円が実質的な収入になります。

1,000円の国債に対して5円の収入なので、金利は0.5%(=5円÷1,000円×100)となります(※5)。

つまり、1,000円の国債価格が1,005円に値上がりして、金利が1%から0.5%に低下したので、「国債価格が上がると金利が低下する」ことが証明されました。

※5:https://www3.nhk.or.jp/news/special/sakusakukeizai/20220421/488/

【基礎知識】なぜ日本銀行は国債を買い続けるのか

ここでそもそもの疑問が湧くと思います。

●日本銀行がなぜ国債投資をするのか(国債を買うのか)

実は財政法によって、日本銀行が国債を買ってはいけないことになっています(※6)。なぜなら日本銀行が国債を買うと、それは中央銀行が政府にお金を供与したことになり、財政節度や金融政策がゆがんでしまうからです。

日本銀行は紙幣をすることができるので、国債を買い続ければ世の中が「お金でじゃぶじゃぶ」の状態になり、お金の価値が低下してインフレを引き起こします。

ところが現在の日本銀行は545兆円分もの国債を持ち(購入し)、これは発行済みの国債の半分に達します(※7)。

日本銀行は例外的に国債を買うことが許されていて、現在はその例外が当たり前の状態になっているのです。

ではなぜ例外がこれほど大規模に許されているのか。

それは日本政府の財政が破綻しそうだからです。日本経済はもう数十年間も悪化していて税収が伸びず、しかも人口の高齢化で社会保障費は膨らむ一方。税金の不足分を国債を発行してまかなうしかなく、その大量の国債を買ってくれるところが日本銀行しかなかったのです。

これは日本銀行の金融緩和策のいちメニューになります。

日本銀行は国債投資に失敗したのか

基礎知識が身についたところで、日本銀行が保有する国債の含み損が2022年9月末時点で8,749億円に達した理由を解説します。

日本銀行は2022年9月末時点で、545兆5,211億円分の国債を持っています。この金額は買ったときの価格で、つまり簿価です。

しかし同時点での時価は544兆6,462億円でした(※3)。国債の価格は変動するので、買ったときの価格(簿価)より、時価のほうが安くなることは当然に起こりえます。

この差額が含み損8,749億円(=時価544兆6,462億円―簿価545兆5,211億円)の正体です。

今、日本銀行が持っているすべての国債を売却したら、8,749億円の損失が出るということになります。ただ日本銀行がそのような暴挙に出ることはないので、今のところは「確定した損失」ではなく「隠れた含み損」となっています。

仮にこのまま時価が上昇すれば、含み損は消えるわけです。

ついこの間までは含み益「含み損は異次元緩和の導入以来初」

国債の時価が簿価を下回って含み損が出ることは起こりうることですが、滅多に起きることはではありません。

日本銀行は、国債を大量に購入するなどの異次元の金融緩和を2013年に始めたのですが、含み損が出たのは今回が初です。

そして2022年3月末の時点では、4兆3,734億円の含み益があったくらいです。

国債は実質的に元本が保証され、確実に金利収入が生まれるので、含み益が膨らむのが本来の姿です。ではなぜ今回、例外的に含み損が発生してしまったのでしょうか。

いつしか金利が上がって国債の時価が下がってしまった

日銀が国債で含み損を抱えることになった理由は簡単です。日銀が国債を買ったあとに金利が上がって国債価格が下がったからです。

先ほど確認したとおり、国債価格が下がると金利が上昇するので、金利が上がっていると国債価格の時価は下がっています。

新発10年物国債という国債の金利(利回り)は2022年3月末は0.21%でした。しかし9月末に0.25%にまで上昇しています。金利が上がったので日本銀行が持つ国債の時価が下がり含み損に転落しました。

しかしこれは日本銀行がまいた種と考えることができます。

金利が上がると日本経済が沈静化するので、日本銀行は一生懸命国債を買って国債価格を下支えして金利を下げようとしてきました。

ところが、ヘッジファンドなどが「日本銀行はそろそろ政策転換するに違いない」と考え、国債を大量に売り始めました。そのままでは「国債の売り=国債価格の低下=金利上昇」になってしまうので、日本銀行はさらに国債を買うことになります。

日本銀行が保有する国債はますます増えているので、このまま金利が上昇したら含み損はさらに膨らむ可能性があります。

これで大丈夫なのでしょうか。

「大丈夫ではないが大丈夫かもしれない」しかし「やはり大丈夫ではなさそう」

ここからの解説は少し複雑になります。

国債の含み損が拡大して大丈夫なのか、という疑問に対しては、「大丈夫ではないが大丈夫かもしれない」と「やはり大丈夫ではなさそう」の2つの答えがあります(※4)。

大丈夫ではないが大丈夫かもしれない

日本銀行の国債による運用利回りは今、0.221%という水準まで低下しています。これを個人の投資に例えると、100万円の投資をしているのに年22円の収入しかないことになります。「わずかとはいえ利益が出ているのだからいいじゃないか」と感じるかもしれませんが、日本銀行は商品やサービスを売っているわけではないので、0.221%の収入は相当苦しくなります。

それなのに国債が含み損をつくっているので、大丈夫ではありません。

しかし日本銀行は、満期になるまで(償還日がくるまで)国債を保有します。そのため「隠れた含み損」が「確定した損失」になっているわけではないので、大丈夫かもしれないのです。

やはり大丈夫ではなさそう

しかし警鐘を鳴らすエコノミストもいます。東短リサーチ社長の加藤出氏は「逆ざやが発生する恐れがある」と指摘(※4)。

メガバンクなどの民間銀行は日本銀行に当座預金口座を持ち、そこにお金を預けています。これを例えると日本銀行が銀行で民間銀行が預金者になっているようなものなので、日本銀行は民間銀行に利払いをしなければなりません。

もしその支払い利率が、日本銀行が国債から得ている金利収入を上回れば、このビジネスモデルは赤字になります(つまり逆ざや)になります。

逆ざやの状態が長期化すれば、債務超過に陥ります。

債務超過に陥っても日本銀行は紙幣を刷ることができるので破綻せずなんとかしのげますが、しかし国民の負担が増えるでしょう。

日本銀行には、さまざまな取り組みで得た利益を国民の財産として国庫に納付する役割があります(※8)。つまり、国債投資で儲けた利益を日本政府に提供しなければならないのです。日本銀行が国債投資で儲ければ日本政府の財政が豊かになるので国民の税負担は減りますが、その逆のことが起きれば国民の負担が増えます。

いつまでも金利を低くしておくことはできないので、それは異常事態なので、日本銀行もいつか異次元緩和策をやめて、金利を上げなければなりません。

実際にそのようなことが起きれば国債価格は下落するので、含み損はさらに膨らむことになるでしょう(※9)。

まとめ~難しい舵取り

日本銀行が国債投資で8,749億円もの含み損を抱えることになった経緯を紹介しました。

かなり複雑な流れだったので、ここまで説明した内容を箇条書きで記してみます。

●日本銀行が、低迷する日本経済を下支えするため、異次元の金融緩和政策を始めた

●国債を大量に買い始めた

●国債価格は大量に買われると上昇し、その結果、金利が下がる

●金利が下がると企業などはお金を借りやすくなるので、経済が活性化する

●それでも経済がなかなか改善しないので、異次元緩和策は長期化している(2013年から現在まで続いている)

●日本銀行の国債の保有量は、発行した分の半分にもなる

●ただ国債は利益を生むので、普通は国債保有で含み損が発生することはない

●ところが一時的に金利が上昇して国債価格が低下し、日本銀行の国債の時価が簿価を下回った

●含み損が発生

●もし日本銀行が金融緩和策をやめて金利が上昇したら、含み損はさらに拡大するので国民の負担が増え、日本銀行は逆ざやに陥る可能性がある

この難局を乗り切ることは簡単なことではなく、日本銀行は依然として難しい舵取りが求められます。