日本もようやく…マネーロンダリング対策を強化
「マネーロンダリング」は資金洗浄という意味で、マフィアやテロ集団、犯罪組織などが犯罪や悪事で手に入れたカネを普通に使えるお金に変える行為。
悪事で手に入れたカネをそのまま普通に使うと捜査当局にみつかってしまうので、「悪いカネ」を「普通のお金」に紛れ込ませてそれとわからないようにするのがマネーロンダリングです。汚れたカネがキレイなお金になるので洗浄というわけです。
マネーロンダリングを「どこかのヤバイ国のこと」と感じていたら、その認識をあらためる必要があるでしょう。なぜなら日本でもマネーロンダリング対策を強化する動きが始まったからです。
対策を強化するということは、それだけマネーロンダリング犯罪が身近になってしまったということです。
マネーロンダリング対策法が成立
2022年6月、改正資金決済法が成立しました(※1)。
この法律は金融のデジタル化やブロックチェーン技術を使ったイノベーションの促進などを規定したものであり、大部分は経済を前に進めることを目的にした内容になっています。
ただ、一部の内容が「マネーロンダリング対策法」といえるものになっています。
金融のデジタル化が進んだことで警戒を強めなければならなくなった
経済対策の色合いが強い改正資金決済法でマネーロンダリングを扱わなければならなくなったのは、金融のデジタル化が進んだからです。
人々の生活を便利にしたり経済活動を活性化したりする金融のデジタル化は、皮肉にもマネーロンダリングにも便利な状況を生み出してしまいました(※2)。
例えば、盗んだ円を暗号資産に「換金」すれば、簡単に海外送金ができてしまいます。そして送金先の海外で暗号資産をその国の通貨に換金すれば資金は洗浄されてしまいます。
そこで改正資金決済法では、暗号資産の一種であるステーブルコインの取引を行う業者の規制を強化しました(※3)。業者を登録制にして、業者には犯罪性のある取引をモニタリングするよう求めます。
つまり、マネーロンダリング対策に協力しない業者はステーブルコインの取引ビジネスに関わることができなくなるわけです。
また、メールで番号を送信するだけで実質的に送金ができてしまう電子ギフト券やプリペイドカードも規制強化の対象になりました。1回の送金額が10万円を超える場合、電子ギフト券などを発行する業者に本人確認の手続きをするよう義務づけました。
このことは、電子ギフト券やプリペイドカードがマネーロンダリング・ツールになりえることを示唆しています。
※1:https://www.fsa.go.jp/common/diet/index.html
※2:https://www.fsa.go.jp/common/diet/208/03/setsumei.pdf
※3:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB028Q30S2A600C2000000/
マネーロンダリングは正しく恐がる必要がある
マネーロンダリング対策の法律ができたということは、これに関する出来事が身近になったことを暗示しています。
それは恐ろしいことであり普段の生活のなかでも警戒しなければならないのですが、しかしマネーロンダリングを妖怪のごとく恐れることは正しくはありません。
例えば「暗号資産はマネーロンダリングに使われるから、これに投資をするのはやめよう」と考えることは短絡すぎるかもしれません。なぜなら暗号資産は今や、リスクは高いものの投資対象として広く認知されている資産だからです。また、暗号資産に使われているコンピュータ技術は将来性が高いものです。
もちろん暗号資産はまだまだ投資リスクが大きいのでその投資は慎重にならざるをえませんが、しかし暗号資産を忌み嫌うことは意味がありません。暗号資産に罪はないのですから。
凶器になるから料理で包丁を使わない、とならないように、マネーロンダリングと暗号資産などの金融システムはわけて考えるべきです。
では、悪い者たちはマネーロンダリングをどのように使っているのでしょうか。
これがマネーロンダリングだ
マネーロンダリングの具体例を紹介します。
麻薬対策としてマネーロンダリング対策が強化された
1980年代まで、麻薬汚染は国際社会の重大課題でした(※4)。国際社会は麻薬対策を講じるなかで、麻薬密売組織の資金基盤に打撃を与えることを考え、マネーロンダリングの取り締まりを強化することにしました。
国連では1988年に麻薬新条約が採択され、1989年には主要先進国を中心にマネーロンダリング対策に取り組むFATF(金融活動作業部会)という組織が設立されました。
FATFは今でも存在していて、日本では財務省が管轄しています(※5)。
※4:https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/maneron/manetop.htm
※5:https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/convention/fatf/index.html
問題は多角化、複雑化している
1990年代に入ると状況はさらに悪化して、麻薬犯罪だけでなくテロ組織への資金供与などもマネーロンダリング対策の対象になりました。
そのようななか2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが発生し、FATFはテロ資金供与対策を強化することにしました。
さらに、大量破壊兵器の拡散や公務員による贈収賄や財産の横領、不透明な法人による租税回避、暗号資産の登場と、マネーロンダリング問題は多角化、複雑化していきます。
日本のマネーロンダリング事件
日本でもマネーロンダリングは「身近で」起きています。
このような事件があります(※6)。
- 日本のマネーロンダリング事件その1
会社役員が架空取引で約束手形をだまし取り、それを現金化。その現金を会社役員の親族に渡し、親族が銀行の貸金庫に保管した。
- 日本のマネーロンダリング事件その2
会社役員が違法な風俗店を経営する男に建物を提供。会社役員は男から家賃名目で自己名義の口座にカネを振り込ませた。この金は会社役員の家族の生命保険の保険料に使われていた。
- 日本のマネーロンダリング事件その3
中東のある国から日本の銀行の法人口座に多額のカネが送金された。それは詐欺事件で得たカネだったが、その法人の関係者は、それが違法なカネであることを知りながら正当な事業収益として引き出していた。
※6:https://the-owner.jp/archives/5686
身近な金融ツールを使って簡単に洗浄できてしまう
マネーロンダリングでは「取引」「約束手形」「現金」「貸金庫」「家賃」「自己名義の銀行口座」「生命保険の保険料」「法人口座」「事業収益」といった、普通の経済活動で使うものが犯罪ツールになっていることがわかります。
悪意ある者たちは「やる」と決めたら何を使ってでもカネを洗浄します。このことは、一般の人でも簡単にマネーロンダリング事件に巻き込まれる危険があることを教えています。
海外のマネーロンダリング事件
海外のマネーロンダリング事件を確認します(※7)。
イギリスのある銀行は、取引関係にあったメキシコの法人が疑わしい取引をしていたにも関わらず、それをメキシコの監督当局にしばらく知らせませんでした。メキシコの監督当局は報告が遅れたとして、この銀行に制裁金2,750万ドルを課しました。
この銀行はアメリカの監督当局にも同様の指摘を受け、19億ドルの罰金を支払っています。1ドル130円なら、19億ドルは2,470億円になります。
イギリスの別の銀行は、イランへの送金を6万件も扱いながらそれを10年近く隠したことで、ニューヨーク州の金融当局から、アメリカでの営業免許を剥奪されそうになりました。
事件発覚後、同銀行の株価が暴落して時価総額が4分の3にまで減りましたが、6億6,700万ドルの罰金を支払うことで免許の剥奪を免れました。
欧米では、制裁対象国の者と取引することでマネーロンダリングに関与する、という形態での事件が多く報告されています。
※7:https://gentosha-go.com/articles/-/14012
まとめ~「いつでもそこで発生する」可能性のある犯罪
日本でマネーロンダリング対策が本格化したことは、日本人もこの恐ろしい犯罪と無関係ではいられなくなったことを意味しています。
マネーロンダリングは大きな犯罪でも使われますが、小さな犯罪でも便利に使われています。
例えば、盗んだ札をATMに預け入れてからすぐにATMで引き出せば、盗んだ札ではない札を手に入れることができます。これは最も単純なマネーロンダリングですが、マネーロンダリングのベースともいえます。
つまり金融ツールや決済ツールはことごとくマネーロンダリング・ツールに化ける可能性があるわけです。