仕組み債が投資初心者向きの金融商品ではない理由?自主規制の背景
個人が投資できる金融商品にはさまざまな種類があり、国や自治体、企業などが発行する債券もその1つです。
そして債券の1つに「仕組み債」があります。
この金融商品について日本経済新聞が2022年9月に「仕組み債、投資初心者は販売対象外 日証協がルール強化」と報じました(※1)。
日証協は日本証券業協会のことで、要するに証券業界の業界団体です。そこが、仕組み債を投資の初心者に販売しないと決めたのです。その理由は仕組み債があまりにリスキーだからです。
仕組み債は1)複雑な仕組みと、2)ハイリスク・ハイリターンという2つの特徴があります。そもそも個人投資家にはあまりなじみがない金融商品かもしれませんが、これからさらに遠のくかもしれません。
ただこのニュースは「投資の危険性とは何か」を知るよい題材になりそうなので、詳しく解説します。
※1:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB294W50Z20C22A8000000/
どれほどリスキーなのか~証券業界の自主規制の内容
日証協が仕組み債の自主規制にいたった経緯は後段で詳しく解説しますので、ここでは仕組み債がどれくらいリスキーな投資対象なのか紹介します。
日証協は野村證券や大和証券、SBI証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券など、ほとんどすべての証券会社が加盟する業界団体です。
そこが2022年に、仕組み債の個人向け販売のルールを強化する検討に入りました。退職金を運用する人や、証券口座を開設したばかりの人に、仕組み債を販売しないようにする内容になりそうです。
退職金が仕組み債による損失で消失してしまったら大変です。
日本経済新聞は「(仕組み債の取り扱いでは)販売トラブルが絶えず、金融庁から度重なる注意喚起を受けており、異例といえる販売制限に踏み切る」とまでいっています(※1)。
しかし、完全に販売を停止にするわけではなく、あくまで証券会社の営業担当者が、投資初心者に仕組み債を売らないようにする内容です。しかも自主規制であり、法律で決められたことではありません。
それでもなお異例の事態と呼ばれています。
仕組み債の構造
仕組み債は複雑な債券といえます。そこで、債権から説明して、仕組み債の仕組みを明らかにしていきます。
債券は国、自治体、企業などが発行する「借金ツール」
最も有名な債券は国債で、国が発行しています。投資家が国債を買うと、満期になったとき「元金+利子」を受け取ることができます。
国債も投資用の金融商品なので「紙くず」になるリスクはゼロではありませんが、しかし世界第3位の経済大国である日本国が発行する債券なので、ほぼ確実に「元金+利子」を受け取ることができます。しかしリスクが小さい分、リターンも小さく「利子」はそれほど大きな金額になりません。
債券は自治体や企業も発行します。仕組みは同じで、自治体が発行する地方債や企業が発行する社債などがあります。
国債、地方債、社債を売却して得た資金は、国、自治体、企業が自分たちの事業を推進するために使います。いわば投資家からお金を借りるようなものです。それで債券の満期が到来したら元金に利子をつけて投資家に返すわけです。
仕組み債は種類がたくさんあるからリスキー
仕組み債は種類がたくさんあるためにリスクが高くなります。
仕組み債はスワップやオプションという手法を使ってつくられ、販売されます。スワップとは、金利を交換したり、通貨を交換したりする手法です。例えば金利のスワップでは、金利が低下したときに受け取り金利を増やすというスワップを行います。この場合、金利が上昇すると受け取り金利が減るというリスクを抱えることになります。
オプションは、あらかじめ約束した価格で一定期間後に売り買いできる権利です。スワップやオプションなどのことを総称してデリバティブ取引といいます。
仕組み債は関係者が多く、海外も絡むからリスキー
仕組み債の取引には1)販売会社、2)アレンジャー、3)仕組み債発行者、4)スワップハウスという4者が登場します。そして3)と4)は大体海外勢です。
仕組み債をつくるのは大体は海外の金融機関で、これが3)仕組み債発行者です。
ただ仕組み債の発行者は日本人投資家のニーズをよく知らないので、日本の2)アレンジャーと相談して、仕組み債の内容を調整(アレンジ)を加えます。
完成した仕組み債は「3)仕組み債の発行者→2)アレンジャー→1)販売会社」と流れ、販売会社が日本の個人投資家に販売します。
4)スワップハウスは、スワップやオプションなどのデリバティブ取引を行います。
なぜハイリスクになるのか
仕組み債はハイリスク・ハイリターンの金融商品なのですが、日証協や金融庁が懸念しているのはハイリスクの部分なので、こちらを重点的に解説します。
ルールが複雑だと売り時を逸してしまうから
スワップ、オプション、デリバティブと、仕組み債には難解用語や専門用語がたくさん出てきます。これが仕組み債のルールを複雑にしています。
これらのルールを知っておかないと、自分が買った仕組み債がいつ値上がりし、どのようなときに値下りするのか理解できないでしょう。値上がりする仕組みがわからないと、さらに値上がりする局面で早めに売ってしまい「儲け損ない」が起きてしまいます。
値下りする仕組みがわからないと、売却(損切り)するタイミングがわからず「大損」するリスクを抱えてしまいます。
値段の上下を左右する要因が多すぎるから
仕組み債では、「参照指標」によって将来受け取れる利益が大きく変わります。参照指標には株価、株価指数、金利、為替、商品(コモディティ)価格などがあり、それぞれの仕組み債にいずれかの参照指標が使われています。
例えば、株価指数と金利が参照指標になっている仕組み債なら、株価指数が好調でも金利が低調で在れば損をする、といったことが起きます。
したがって仕組み債を購入した個人投資家は、自分が購入した仕組み債の価格がどの参照指標によって変動するかを把握したうえで、その参照指標をウォッチし続けなければなりません。
そうしないと売り時を間違えて「儲け損ない」をしたり「大損」したりしてしまいます。
海外の事情を把握しづらいから
仕組み債は、発行者が倒産すると利子どころか元本も戻ってきません。
仕組み債発行会社の経営リスク(倒産リスク)は格付け会社による格付けで把握できますが、先ほど紹介したとおり、仕組み債発行会社は海外企業なので、その経営リスクを把握することは、多くの日本人にとって難しいはずです。
仕組み債をめぐるトラブル
日本経済新聞は仕組み債について「証券口座開設後すぐに仕組み債の勧誘を受けたり、早期償還で繰り返し購入する際に『前回と同様です』といった簡略化された説明を受けて損失を被ったりした投資家からの苦情や相談が後を絶たない」と指摘しています(※1)。
この点は金融庁も把握していて、金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」において次のような指摘がなされています(※2)
■金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」での指摘
仕組み債でございますが、近年販売額が増加傾向にあって、苦情も寄せられております。日本証券業協会のほうでは注意喚起文書の交付や、重要事項説明などの取り組みを行われてきておられると思いますが、同時に欧州などでは仕組み債の組成・販売に関するコストについて、販売価格と公正価格の差額の開示などの制度もあるようでございますけれども、今、日本で商品性に関わる情報であるコストというのは基本的に開示されていないという状況になっておろうかと思います。重要情報シートの導入もこれからということでございます。
※2:https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/market-system/gijiroku/20211206.html
自主規制の詳しい内容
今回の仕組み債の販売の自主規制について、さらに詳しく、経緯などを含めて紹介します。
行政や監督官庁はかねてから問題視していた
先ほど、仕組み債を巡っては投資家からの苦情が絶えずトラブルが多かったと紹介しましたが、これは行政や監督官庁も把握していました。
金融庁は2022年6月、日証協に仕組み債販売を巡る対策を講じるよう要請。7月にも同じ対応を迫りました。金融庁はさらに証券取引等監視委員会と共同で、仕組み債販売を総点検すると発表しました。
自主規制は「えらい」のではなく「遅い」かもしれない
業界の自主規制と聞くと、法律で禁じられる前に企業側が善意で「儲けを捨てて」対策を実行する、というイメージがあるかもしれませんが、今回の仕組み債の自主規制はそのようなものではなく、「遅かった」と批判されるかもしれません(※1)。
日証協は2022年3月に、仕組み債の販売にかかる手数料(コスト)の情報を個人投資家などに開示するよう、証券会社に求めました。これは金融庁から「手数料が割高だ」と指摘されて動いたものです。
ところが手数料を開示した証券会社は一部にとどまりました。
さらに、以前から仕組み債の販売に適さないとされていた高齢者や投資初心者への販売も、相変わらず散見されました。
それで日証協は手数料の情報開示だけでは不十分と考え、自主規制を実施することにしたのです。
なお日証協の「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」第3条第3項には次のように書かれてあります。協会員とは証券会社のことです。
■協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則第3条第3項(一部抜粋)
協会員は、当該協会員にとって新たな有価証券等(デリバティブ取引など)の販売を行うに当たっては、当該有価証券等の特性やリスクを十分に把握し、当該有価証券等に適合する顧客が想定できないものは、販売してはならない。
特性やリスクを把握できない人には販売してはいけない、と規定しています。これは業界ルールであるにも関わらず、仕組み債については守られていなかった疑いがあります。
まとめ~100%自己責任だからリスクを考えて
この記事では仕組み債の問題点や高いリスクについて集中的に解説しましたが、当然ですが仕組み債への投資(購入)は合法的であり、また、仕組み債で利益をあげている投資家も数多く存在します。
しかし投資初心者や、「虎の子の資金」である退職金で運用する高齢者は、あえて仕組み債投資にチャレンジする理由はないのではないでしょうか。
もう少し低リスク・低リターンの投資から始めて、慣れてきたらミドルリスク・ミドルリターンの投資にステップアップしていったほうがよいはずです。投資は100%自己責任になってしまうからです。