交通系と流通系のキャッシュレスは巻き返しを図れるか?

キャッシュレス決済のなかで、交通系電子マネーと流通系電子マネーの勢いが落ちている、といった趣旨の報道が増えています(※1、2、3)。

交通系電子マネーとはスイカやパスモなどのことで、流通系電子マネーにはナナコやワオンなどがあります。

日本銀行の「決済動向(2022年5月)」をみても、交通系・流通系電子マネーの2021年の決済金額は5兆9,696億円で前年より1.1%減っています(※4)。

キャッシュレス市場は拡大しているのに、なぜ交通系・流通系電子マネーに減退傾向がみられているのか解説します。

なお記事の後半で、交通系・流通系電子マネーの基礎知識も詳しく紹介しています。

前年比1.1%減が意味すること

日本銀行の「決済動向(2022年5月)」の数字から確認していきましょう。

日本銀行は電子マネーを「プリペイド方式のIC型電子マネー」と定義していて、統計には次の8つの電子マネーの動向を使っています(※4)。

■日本銀行が電子マネーの指標に使っている8つ(8社)の電子マネー

電子マネーの名称運営会社
Suica東日本旅客鉄道株式会社
PASMO株式会社パスモ
ICOCA西日本旅客鉄道株式会社
SUGOCA九州旅客鉄道株式会社
Kitaca北海道旅客鉄道株式会社
WAONイオン株式会社
nanaco株式会社セブン・カードサービス
楽天Edy楽天Edy株式会社

8つの「顔ぶれ」がこのようになっているので、日本銀行がウォッチしている電子マネーは交通系・流通系である、といえます。

「利用者離れ」と「キャッシュレスの浸透」の両方がみられる

続いて「決済動向(2022年5月)」から交通系・流通系電子マネーの動向を紹介します。

■電子マネー(=交通系・流通系電子マネー)の動向

決済件数決済金額1件当たり残高
百万件前年比億円前年比前年比億円前年比
2019年6,2346.5%57,5065.0%9233,233
2020年5,923-5.0%60,3424.9%1,01910.4%3,65613.1%
2021年5,740-3.1%59,696-1.1%1,0402.1%3,8465.2%

冒頭で紹介した「交通系・流通系電子マネー、1.1%減」は、表中の決済金額の2021年の部分を指しています。

決済金額は2019年も2020年も前年を約5%上回っていましたが、2021年に突如前年割れを起こしてしまいました。

2020年に決済金額が6兆円を突破したのに、2021年にふたたび5兆円台に戻ってしまったのです。そして決済件数は、2020年と2021年の2年連続で前年割れです。

ただその一方で、1件当たり決済金額と残高は、2021年も伸びています。これらの数字から次のことが推測できます。

●決済件数と決済金額が減っていることから、利用者離れが起きているといえそうだ

●1件当たり決済金額と残高が増えていることから、キャッシュレスを使っている人は増えているといえそうだ

つまり、キャッシュレス自体は浸透しているものの、交通系・流通系電子マネー離れが静かに進んでいる、とみるのが妥当なようです。

苦戦の原因~衰退傾向を伝えるマスコミの分析をみる

経済系のマスコミ各社が、交通系・流通系電子マネーの衰退傾向を伝えています。その主張を確認することで、交通系・流通系電子マネーの現状がみえてきます。

日本経済新聞「守勢のSuica、スマホ対応に活路」

日本経済新聞電子版は2022年7月に「守勢のSuica、スマホ対応に活路」という記事を掲載しました(※1)。記事はいきなり「急拡大するQRコード決済に対し、ICカードにためる電子マネーは守勢を強いられている」と始まります。

ここでいう「ICカードにためる電子マネー」は交通系・流通系電子マネーのことです。

記事の著者は、QRコード決済が躍進したのはスマホを使っているから、と説明しています。そして、交通系電子マネーが不調に陥ったのは定期券にも使えるカード方式だから、としています。

このように唱えるのは、デジタル時代の勝敗をわけるのはスマホである、という前提があるからです。

スマホは今や電話機というよりコミュニケーションツールであり、エンタメツールです。さらにIT機器を動かすリモコンにもなっています。

したがって決済機能をスマホに搭載できるキャッシュレスが勝ち残り、そうでないキャッシュレスは衰退するという構図になります。

記事では、交通系電子マネーの代表格であるJR東日本が、スマホ内のICチップを使ったスマホ版スイカの普及に力を入れていることを紹介しています。

これが、交通系電子マネーの巻き返しのカギはスマホである、とする説の根拠になります。

日経スタイル「ICカードから発展の電子マネー、スマホでは苦戦も」

同じく日本経済新聞系列の日経スタイルは、2019年5月に「お得な時期逃すな 群雄割拠の電子マネーを使いこなす」という記事を公開し、このなかで「ICカードから発展した電子マネーはスマホで苦戦している」と指摘しています。

この記事の筆者は「ICカードに慣れていた人も『(スマホを使った)カードレス』の便利さを味わってみてはいかがでしょうか。きっと戻れなくなるでしょう」といいます。

やはり、カードは不便、スマホは便利、という認識のようです。

カード型でスタートした交通系・流通系電子マネーが、スマホへの組み込みが遅れ、それが現在の衰退傾向を生んだとみています。

サンケイビズ「流通系電子マネーは衰退を始めたか」

衰退という言葉を使ったのはサンケイビズです。同社の2020年9月の「流通系電子マネーは衰退を始めたか データ収集競争は第2幕に」の記事では、コンビニの電子マネーの衰退傾向を指摘しています(※3)。コンビニは流通業界に属します。

この記事の筆者は、データ収集の観点からコンビニ系電子マネーの衰退を分析しています。

コンビニ各社は独自に電子マネーを発行することで客のデータを集めようとしました。しかしIT専業ではないコンビニ会社では自社開発に限界があり、その一方でペイペイなどの通信系キャッシュレスが躍進しました。

そうなるとコンビニ会社としても、通信系キャッシュレスに相乗りしたほうがコスト安にキャッシュレス需要を取り込めますし、購買データも豊富に得られます。

さらに、流通系電子マネーの還元率の低さも衰退兆候の一因になっていると指摘。

確かに通信系キャッシュレスやクレジットカードはポイント還元を大々的に宣伝していますが、流通系電子マネーのPRはそれほど目立っていない印象があります。

消費者が通信系キャッシュレスに魅力を感じれば、相対的に流通系電子マネーの魅力が低下します。

【基礎知識】キャッシュレスのなかの交通系・流通系の立ち位置

ここからは交通系・流通系電子マネーを深掘りしていきます。

以下の表は経済産業省の「2021年キャッシュレス決済比率」から抜粋したもので、民間最終消費支出に占める割合を示しています(※5)。つまり、個人の支払い方法(決済手段)の割合を調べたものです。

キャッシュレス計は2020年29.75%、2021年32.42%となっていることから、日本のキャッシュレスは3割程度、残りの7割程度は現金であることがわかります。

民間最終消費支出に占める割合2020年2021年キャッシュレスのなかの割合
クレジットカード25.80%27.70%85%
デビットカード0.75%0.92%3%
電子マネー2.10%2.00%6%
QRコード決済1.10%1.80%6%
キャッシュレス計29.75%32.42%100%

この統計でも鉄道系・流通系を含む電子マネーが2020年の2.10%から2021年の2.00%へと減少していることがわかります。

キャッシュレス計もクレジットカードもデビットカードもQRコード決済も増えているのに、です。

そしてキャッシュレスのなかで最も多く、他を圧倒している存在はクレジットカードです。2021年のキャッシュレス計の32.42%を母数とすると、クレジットカードの27.70%は「85%」(=27.70%÷32.42%×100)に相当します。日本でキャッシュレスといえば、まだまだクレジットカードのことです。

※5:https://www.meti.go.jp/press/2022/06/20220601002/20220601002.html

交通系の登場は2001年

数字のうえでは「キャッシュレスといえばクレジットカード」なのですが、一般的にクレジットカードは「クレジットカード」と認識され、電子マネーやQRコード決済などのことをキャッシュレスと呼ぶ傾向があると思います。

それもそのはずで、クレジットカードが日本に初めて登場したのは1961年で、2023年からみると60年以上前のことです。

クレジットカードは歴史的にもキャッシュレスのなかで別格の存在です。

現代の人が「キャッシュレス」と認識するキャッシュレスが登場するのは2000年ごろです。

デビットカードが2000年に、JR東日本のスイカが2001年に、NTTドコモのQRコード決済が2002年にサービスを開始しています(※6)。

その後、流通系電子マネーやスマホを使った決済手法などが登場しました。

※6:https://mr-os.co.jp/column/2176/

【基礎知識】電子マネーとは、ICとは

もう1つ基礎知識として、IC型電子マネーについて解説します。

電子データが現金の役割を果たす

まず電子マネーですが、日本銀行はこれを「電子的なデータのやり取りを通じて現金と同じようにモノやサービスを買える」ツールと定義しています(※7)。

つまり電子マネーは、1)現金ではなく、2)電子データなのに、3)現金と同じ機能を持つ不思議なモノといえます。

電子データが現金と同じように使えるのは、電子データ(電子マネー)と現金を交換しているからです。その交換を行っているのは、電子マネーの発行者(企業)です。

電子マネー発行者は巨大なコンピュータで電子マネーと現金の交換を管理しているので、電子マネーが現金のように社会に流通するわけです。

※7:https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/money/c26.htm/

カードにもスマホにもICチップが埋め込まれている

IC型電子マネーは、ICを使って電子マネー事業を展開するものです。

ICの正式名称はインテグレイテッド・サーキットで、その正体は極小コンピュータです。ICチップのなかに、パソコンなどにも入っているCPU(中央演算処理装置)が入っていて、ここにさまざまなデータが入力されています。

電源を持たないICが動くのは、カードリーダーなどを使って無線で電力を供給しているからです。

従来型のクレジットカードはICチップではなく磁気テープが貼られています。これは、カードリーダーで磁気テープに記録したデータを読み込むだけでした。

一方のICチップつきのカードは、カードリーダーから問い合わせを受け、CPUがそれを理解して回答しています。まさに極小コンピュータです。カードリーダーとICチップのやり取りも無線で行われます(※8)。

IC型電子マネーである交通系・流通系電子マネーで使っているカードにはICチップが埋め込まれています。

また、最近はスマホでも交通系・流通系電子マネーを使うことができますが、これもスマホにICチップが埋め込まれているからです(※9、10)。

カードの電子マネーもスマホの電子マネーもカードリーダーなどの機器に「かざす」必要があるのは、ICチップ方式だからです。

まとめ~「スマホのなか」の奪い合い

交通系・流通系電子マネーの衰退の傾向は、交通系・流通系電子マネーのせいではない、といえるのではないでしょうか。

なぜなら依然として交通系・流通系電子マネーは便利だからです。

しかしスマホの機能が強化したことで、キャッシュレスはさらに便利になりました。喫茶店でスマホを開いてニュースを読んで、そのままスマホでコーヒー代を支払うことができるのはとても便利です。

したがって、スマホ・ネイティブのキャッシュレスであるQRコード決済には一日の長があります。

交通系・流通系電子マネーも、スマホのICチップへの乗り入れを急いでいますが、1人のスマホ・ユーザーは何個もスマホ決済を必要としません。

すでにスマホQRコード決済を普段使いしている人に、新たにスマホ電子マネーを使ってもらうのは至難の業でしょう。

スマホのなかの「キャッシュレス決済の椅子」は1脚か、せいぜい2脚です。 キャッシュレス業界の「スマホのなか」の奪い合いはますます激しくなるかもしれません。