デジタル円は本当に誕生するのか?日銀と3メガバンクが本格的な実験へ
日本銀行が3つのメガバンクなどと共同で、2023年4月からデジタル円のパイロット実験を行います(※1)。
パイロット実験の内容はあとで解説しますが、いわば本格的な実験です。
日本銀行はこれまでもデジタル円の研究を進めてきましたが、今回は本物の銀行口座を使ってデジタル円を出入金させます。支障が出ないかどうか確かめて、有益性をはかって、2026年にもデジタル円を発行するかどうか決めます。
新しいお金の誕生には期待が膨らみますが、一方で素朴な疑問が残ります。
デジタル円ができると生活者や企業にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
また、電子マネー(キャッシュレス)や暗号資産はすでに世界中で普及しているのに、なぜデジタル円の準備にはこれほど時間がかかるのでしょうか。
しかも2026年に決めるのは「発行すること」ではなく、「発行するかどうか」です。デジタル円は誕生しない可能性もあります。
なぜ日本銀行は積極的ではないのでしょうか。
※1:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB21BRU0R21C22A1000000/
デジタル円はCBDCの1つ「つまり、お金」
デジタル円の正体は電子データなので、この点では電子マネーや暗号資産と同じです。
しかしデジタル円は中央銀行デジタル通貨(セントラル・バンク・デジタル・カレンシー、以下CBDC)であり、電子マネーや暗号資産はCBDCではないという違いがあります。
つまりデジタル円は、中央銀行のお墨付きがある電子的なマネーであり、つまりお金です。お金の姿は紙幣だったり硬貨だったりしますが、そこにデジタル円が加わるわけです。
交換が要らない
「デジタル円=CBDC」と「電子マネーや暗号資産など」の違いには、交換の要・不要もあります。
電子マネーも暗号資産も、企業などの発行者が「これには金銭的な価値があります」と宣言しているだけです。したがって電子マネーや暗号資産を使っている人(利用者)は、発行者の「金銭的な価値があります」という言葉を信じて、お金のように使っていることになります。
ではなぜ利用者は発行者の言葉を信じることができるのか。それは発行者が、電子マネーや暗号資産とお金を交換してくれるからです。
したがって、発行者が破綻するなどして消えてしまったら、電子マネーや暗号資産の価値はゼロになってしまいます。
一方のデジタル円(CBDC)はお金そのものなので、電子データとお金を交換する過程は存在しません。
CBDCの発行者は各国の中央銀行なので、その国の政府が破綻しない限りその金銭的価値は滅失しません。
●電子マネーや暗号資産など:お金と交換してもらえると信じて使う
●デジタル円(CBDC):お金そのものとして使う
h2 デジタル円(仮)のこれまでの歩み
2023年度から始まるデジタル円のパイロット実験は、実はフェーズ3(第3局面)になります(※2、3)。
そこでパイロット実験の内容を紹介する前に、フェーズ1と2で日本銀行が何をしてきたのかみていきましょう。
- ※2:https://www.boj.or.jp/announcements/release_2022/rel221124a.pdf
- ※3:https://www.boj.or.jp/announcements/release_2022/rel220513b.pdf
フェーズ1(2021年4月~2022年3月)
フェーズ1の期間は2021年4月から2022年3月で、行ったことは以下のとおり。
●フェーズ1で行ったこと
システム的な実験環境を構築し、CBDCの基本機能である発行、払出、移転、受入、還収に関する検証を行う
これは概念実証といい、いわばシミュレーションです。
例えば、民間銀行が日銀に対し、自社の日本銀行当座預金を減額し、その引き換えに同額のデジタル円を入手するというシミュレーションを行います。これがデジタル円の発行の過程になります。
また、個人が自分のスマホ内のアプリを使い、民間銀行に対し、自分の預金を減額して、その引き換えに同額のデジタル円を得る、というシミュレーションも行いました。これが払出の過程です。
日本銀行はこのような取引を的確にコンピュータ処理できるかどうか確認しました。
なお、シミュレーションを行うコンピュータ上の土台のことを「CBDC台帳」といいます。
この概念実証は日本銀行の決済機構局という部署が行い、日本銀行職員と委託先企業社員の計15人で行いました。
フェーズ2(2022年4月~2023年3月)
フェーズ2の期間は2022年4月から2023年3月で、その内容は以下のとおり。
●フェーズ2の内容
フェーズ1で構築した実験環境にデジタル円の周辺機能を付加して、その実現可能性などを検証する
ポイントは周辺機能。
この実験を行うために、CBDC台帳に周辺機能を検証するためのシステムを追加しました。
周辺機能は1)決済の利便性を向上させる機能、2)安定性を確保するための利用制限機能、3)民間銀行どうしの連携、4)デジタル円システムとその他の外部のシステムとの連携、の4つがあります。
それでは2023年4月からのフェーズ3「パイロット実験」についてみていきましょう。
フェーズ3(2023年4月~2026年)パイロット実験の内容
フェーズ3の期間は2023年4月から2026年。ここで行うパイロット実験では、日本銀行以外にメガバンクなどの民間銀行が加わります。さらにデジタル円が発行されたときに利用者になる個人や企業なども参加する予定です(※3)。
民間銀行の本物の口座でデジタル円を出し入れしたり、災害時を想定してインターネットがつながらない状態での稼働を確かめたりします。
実験用のシステムを大規模なものにして、デジタル円を実施することに決めたら、それをそのまま本番のシステムに流用することも検討します。
利用者として参加するのは、実際の消費者や実際の事業会社、実際の決済インフラ企業、実際の小売店など。
パイロット実験で確認する内容は以下のとおり。
■パイロット実験での確認事項
●サイバーセキュリティや情報セキュリティ
●本人認証の方法
●デバイスの検討。スマホアプリか、カード型か
中国はすでにデジタル人民元を発行していますが、その前にリアルの社会でほぼ完成形のデジタル人民元を使った実験をしていて、それが日本銀行のパイロット実験のモデルになるかもしれません。というのも、フェーズ3では中国の動向もフォローしていくからです。
課題はコストか
日本銀行はデジタル円の課題として、1)ビジネスモデル、2)その他の法律との兼ね合い、3)金融業界との連携、の3つを挙げています(※3)。
このなかで最も大きな課題はビジネスモデルのようです。
ビジネスにするならデジタル円コストを負担してもらってはどうか
日本銀行が実施する「お金の行政」に「ビジネス」の文字が入っていることに違和感があるかもしれませんが、日本銀行自身が「ビジネスモデル」という言葉を使っています。
なぜビジネスが課題になるのか。それは、デジタル円システムを開発、稼働、運営、維持するには膨大なコストがかかるからです。しかも、デジタル円事業には決済インフラ企業などの事業会社が関わってくるので、ビジネスが生まれます。
「お金の行政」だけなら、そのコストを税金でまかなうことに国民が納得するかもしれませんが、そこにビジネスが加わって企業が利益を得ることになれば、企業がコストの一部を負担すべきである、と考えても不思議はありません。
例えば、高速道路を税金でつくるものの、それを利用する人や企業に別途使用料を請求するのと同じです。
ただこの検討は難題で、日本銀行は「問題は、基礎的な決済手段(インフラ部分)の提供に要する費用を、誰がどのような形でまかなうかという点だ」と頭を抱えています(※3)。
他国の状況~中国が先進国
EUは2022年9月に、実施中だったデジタルユーロ・プロジェクトの進捗状況を公表しています。そして2023年秋に実現フェーズを迎えます。
アメリカでは2022年2月に、ボストン連銀がマサチューセッツ工科大学との共同研究の報告書を公表しています。同年9月には、財務省が中央銀行のFRBにCBDCの研究・実験の継続を提言しました。
最も進んでいるのは中国で、2019年にデジタル人民元のパイロット実験を実施して、2022年9月には実施地域を中国全省に拡大していくと発表しました。つまりすでにデジタル人民元が流通し始めています。
デジタル円ができたときの生活者や企業のメリットは
もし日本銀行と政府が「デジタル円をやる」と決めて、実際に1万円札や500円硬貨と一緒にデジタル円が使えるようになると、個人や企業はどのような恩恵を受けるのでしょうか。
電子マネーより便利か
個人は、電子マネーやQRコード決済よりも便利に感じるはずです。電子マネーやQRコード決済は、自分が持つ円と電子データを常に交換しなければなりません。
しかしデジタル円なら、電子データを受け取ったら、あとはずっとそれを使い続けることができます。
なぜなら、電子マネーやQRコード決済の電子データは円と交換できることが保証されて初めて金銭的価値が生まれますが、デジタル円はその状態で金銭的価値を持つ電子データだからです。
また企業は、お金がすぐに手に入るようになり、資金繰りが有利になるはずです。例えば、小売店で客がクレジットカードで支払ったとき、その店がお金を手にするのは1、2カ月後になります。販売時期とお金を手にする時期のタイムラグが資金繰りを悪化させる要因になっています。
しかしデジタル円なら、デジタル円を得た時点でお金を持ったことになります。タイムラグはありません。
課題はインフラ、つまりコスト
デジタル円の課題は、やはりインフラ整備でしょう。
今でも電子マネーやQRコード決済の使える店が限られているように、デジタル円が発行されてもその電子データを取り扱うネットワークや機器がそろうまでは「誰でも気軽に使える」状態にはならないでしょう。
インフラ問題とは、要はコストの問題です。
まとめに代えて~なぜ遅々として進まない
デジタル円の本格的な検討は2021年から始まって、2023年からパイロット実験を行いますが、それでも2026年まで待って、そこでようやく実施するかどうか決まります。
つまり2026年に日本銀行がデジタル円を発行しないと決断する可能性も残っているのです。
デジタル円を発行しない可能性はどれくらいあるのか。
「結構ある」といえそうです。
なぜそういえるのかというと、日本銀行は2022年5月に公表した「中央銀行デジタル通貨に関する連絡協議会~中間整理」のなかで、2回も「現時点でCBDCを発行する計画はないが」と釘を刺しているからです(※3)。
日本銀行は公式サイトでも「現時点において、そうしたデジタル通貨を発行する計画はありません」と宣言する徹底ぶりです(※4)。
この消極姿勢とも取られかねない言葉は異例といえます。民間企業なら、大規模実証実験を始める前に「実際に実施する計画はないが」などとことわることはないでしょう。
日本銀行はなぜデジタル円に積極的ではないのか。この件については言葉少なで、民間銀行の預金や資金仲介への影響が大きいから、としかいっていません(※4)。
日本銀行は、デジタル円を導入するかどうかは最終的には国民の判断による、としています(※3)。
※4:https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/money/c28.htm/