決済関連

デジタル人民元の実用化を急ぐ中国。財務省の資料などから読み解く

中国の中央銀行デジタル通貨(CBDC)であるデジタル人民元に対して、日本の財務省は「国際基軸通貨ドルへの挑戦」と警戒を強めています。

中国はデジタル人民元で何を成し遂げようとしているのでしょうか。そして、デジタル人民元プロジェクトが成功すると、世界の金融市場にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

財務省の資料などから、中国の思惑と世界へのインパクトを探ってみます。

デジタル人民元とは、CBDCとは

デジタル人民元は、Central Bank Digital Currency(中央銀行デジタル通貨、CBDC)の1つです。CBDCとは、国が発行するデジタル化された法定通貨で、通常の通貨と同じように中央銀行の債務として発行されます(※1)。

デジタル化されていても法定通貨でないとCBDCではないので、例えばスマホ決済や電子マネーは「デジタル通貨のよう」ではありますが「CBDC」ではありません。

中国の法定通貨は人民元で、それをデジタル化したものがデジタル人民元です。

※1:https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/money/c28.htm/

2014年に調査を開始し2020年に実証実験

中国がCBDCプロジェクトに着手したのは、2014年とされています(※2)。この年、中国の中央銀行である中国人民銀行に、CBDCを研究するチームが発足しました。そして2017年に中国人民銀行デジタル通貨研究所が設立し、デジタル人民元開発が本格的にスタートしました。

中国はデジタル人民元プロジェクトを半ば秘密裏に進めていましたが、2019年7月に突如、その存在を世界に発表しました。これはアメリカのフェイスブックが2019年6月に、デジタル通貨のリブラを発行すると発表したことを受けてのこと、と理解されています。

デジタル人民元は世界の金融市場に影響を与えますが、中国は中国で、世界の金融市場を牽引しているアメリカの動向に敏感になっていることがわかります。

そして中国人民銀行と深セン市政府は共同で2020年10月に、深セン市の5万人の市民に200元(約3,200円)分のデジタル人民元を配布しました。その他、3都市でも実証実験を行いました。

2020年11月までに、デジタル人民元の取引回数は400万回に達し、20億元(約320億円)分のデジタル人民元が流通しました。

※2:https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202102/202102q.pdf

デジタル人民元プロジェクトで驚くべきこと

デジタル人民元プロジェクトで驚くべきことは2つあります。

1つは、用意周到であることです。デジタル人民元は、消費者のスマホのなかにあるだけでは使えないので、その前に、デジタル人民元が使える小売店などを用意しなければなりません。

2つめの驚異は、実証実験の規模です。日本で実証実験というと、限られた地域で限られた人たちだけが行う小規模のものをイメージすると思いますが、中国は違います。

2020年10月の実証実験スタート時から、1,000万元(=5万人×200元、約1.6億円)を投じ、翌月には20億元(約320億円)にまで拡大しています。

日本人の感覚では、これは実証実験というより試験運用ではないでしょうか。中国の本気度がうかがえます。

日本の財務省はこう睨んでいる

財務省大臣官房総合政策課が2021年2月に公表したレポート「デジタル人民元」を読み解いてみます(※2)。財務省は、中国の狙いは3つあると分析しています。

1)中国のデジタルトランスフォーメーション(DX)の本気度の表れ
2)資金の流れの把握、資本移動の監視
3)人民元の国際化

中国は企業経営でも国民生活でもDXが進んでいて、例えば国民の決済(買い物の支払い)に占めるキャッシュレスの比率は70%を超えます。
さらに通信分野では、5G関連の特許出願数の世界上位10社のうち1位と3位は中国企業です。

中国の金融当局幹部は、デジタル人民元の狙いの1つに、中央集権的管理によって、マネーロンダリングやテロ資金供与などの金融犯罪の防止につなげることがある、としています。また習近平主席も「すべての資本移動は、金融規制当局の監督下で行なわれることになる」と述べるなど、中国では資金の流れを把握する動きが強まっています。

デジタル人民元を使った取引はデータが残るので、資金の流れを簡単に把握することができます。

そして世界の金融当局が懸念するのが、人民元の国際化です。自国の通貨が国際化すると、その国の経済はより強くなります。

中国は純粋な経済力でも、GDPや輸出を増加させています。これにデジタル人民元の国際化が加わると、アメリカ経済をも脅かす存在になりかねません。

そのため日本の財務省が「法定通貨のデジタル化で先行する中国でのデジタル人民元については、今後も動向を注視していきたい」と警戒しているわけです。

元とドルの攻防、通貨の米中対立

日本経済新聞は2021年8月、「人民元はドルの脅威か 通貨覇権の新たな力学」という記事で、各国政府がデジタル人民元をどうみているのか細かく伝えています(※3)。日経の一般的な記事は500字ほどですが、これは1万字に及ぶ大作でちょっとした論文といえます。日本の経済マスコミもデジタル人民元の動向を注視していることがわかります。

この1万字の記事を読み解きながら、デジタル人民元が世界にどのようなインパクトを与えるのか確認していきます。

※3:https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK11D070R10C21A8000000/

米中対立の戦線が通貨にまで拡大

デジタル人民元が世界で注目されているのは、人民元とドルの攻防がいよいよ本格的に始まる可能性があるからです。これまで米中は貿易不均衡を巡り衝突してきましたが、それが通貨にまで戦線が拡大するわけです。

アメリカのハーバード大学が2019年、財務や金融の専門家たちを招いて、ある演習を行いました。その内容は、北朝鮮がアメリカの金融制裁を迂回して、デジタル人民元を使ってミサイルの資材を購入した、という衝撃的なものでした。

アメリカは、デジタル人民元の台頭は地政学リスクを高めると認識しています。

通貨の国際化とは国際基軸通貨になること

中国が目指す通貨の国際化とは、デジタル人民元を含む人民元が国際基軸通貨になることを指します。これは壮大な野望といえ、なぜなら現在、国際基軸通貨と認識されているのはアメリカドルだけだからです。

人民元は今、国際基軸通貨よりランクが落ちる世界の主要通貨とされ、ユーロ、イギリスポンド、日本円と同じレベルにあります(※4、5)。

人民元が世界の主要通貨から国際基軸通貨にレベルアップするには、次の3条件をクリアする必要があります。

・価値が安定している
・貿易と国際金融で存在感がある大国が発行している
・しっかりした金融市場が形成され、独立した司法によって監督されている

アメリカドルはこの3条件をクリアしています。アメリカドルは、世界の外貨準備に占める割合が60%で、外国為替市場でのシェアは88%にもなります。

しかし人民元の比率はいずれも数%で、「今は」ドルの足元にも及ばない状態です。しかし人民元には勢いがあり、「将来的に」は予断を許さない状況です。

世界のGDPに占めるアメリカのGDPの割合は、1970年の36%から2019年の24%にまで低下しています。台頭しているのはもちろん中国で、2019年は16%でした。ちなみに世界第3位の日本ですら6%にすぎません(※6)。

2030年ごろには、中国がGDPでアメリカを追い抜いて世界1になるという予測もあります。

自国の通貨が国際基軸通貨になると、自国経済が安定し、安全保障面で優位に立つことができます。つまり世界の覇権を握るには、通貨の国際基軸化はマスト事項といえます。そして中国は確実にそれに必要な力を貯えています。

※4:https://www.iima.or.jp/abc/ka/15.html
※5:https://www.bank-daiwa.co.jp/column/articles/2018/2018_128.html
※6:https://www.nomura.co.jp/el_borde/view/0049/

中央銀行デジタル通貨(CBDC)の優位性

中国がデジタル人民元に固執するのは、CBDCが通貨として優れているからです。

通貨は、使う人が多いほど、取引コストが下がって利便性が増し「強く」なります。CBDCなら、煩雑な手続きが不要になり、スマホでも取引できます。CBDCなら、商取引と連動した自動決済の仕組みをつくることもできます。

こうした利便性があると、企業や生活者は「どの国が発行しているか」に関係なく、CBDCを使うようになります。しかも中国はIT大国なので、CBDCの事業規模が拡大しても運営する能力があります。中国がデジタル人民元に力を入れない理由はないといえます。

デジタル人民元が強くなると、アメリカの金融制裁が無効化する?

アメリカは国際秩序を脅かす国に金融制裁を課してきました。アメリカの同盟国である日本政府も大体、アメリカの金融制裁を支持してきました。

デジタル人民元が国際社会や国際金融界で強くなると、アメリカはその神通力を失うかもしれません。デジタル人民元の台頭は、アメリカのみならず日本の安全保障をも揺るがす可能性があるというわけです。

アメリカの金融制裁とは、こういう仕組みになっています。

国をまたいでドルを送金する取引が行われたとき、アメリカのマネーセンターバンクや、ベルギーにある国際銀行間通信協会が、その取引を検知します。アメリカは国際銀行間通信協会に影響力を持っているので、その情報も手に入れることができます。

この情報を使ってアメリカは、敵対国や犯罪集団の金融資産を探し当て凍結します。デジタル人民元が普及して、敵対国や犯罪集団がそれを使って取引するようになると、アメリカが関与できなくなります。つまり金融制裁を加えることができなくなるわけです。

中国の狙い

中国のデジタル人民元プロジェクトの狙いをまとめると、次のようになるでしょう。

・中国国内にドルが出回るのを阻止したい
・人民元の国際化
・国際金融システムの改革
・自国の通貨主権を守る

では、デジタルドルはできないのか

中国がデジタル人民元を開発するのであれば、アメリカはデジタルドルで対抗すればよいのではないか、と思います。

アメリカの中央銀行、FRBのパウエル議長はアメリカのCBDC、つまりデジタルドルについて「非常に優先度の高いプロジェクト」と述べています。

しかしデジタルドルの実現は簡単なことではなく、アメリカ国内には反対論が根強くあります。デジタルドルが普及すると、現行のドルが金融機関から流出し、経済が混乱するという見方があるからです。金融機関がドルを失えば、企業などへの融資が滞ってしまい、アメリカ経済が失速します。

経済政策の失敗は政権を揺るがすので、「すぐにデジタルドルをやろう」とはなかなかなりません。しかも「現状では」アメリカ経済は好調に推移していて、ドルの唯一の国際基軸通貨というポジションも「現状では」揺るがないものです。

現在のアメリカには、デジタルドルを積極的に進める動機がありません。

まとめ~日本にも大きな影響を与えるはず

デジタル人民元には、単に通貨をデジタル化して決済を効率化するといった目的にとどまらない野望が潜んでいます。

米中が敵対していて、日本がアメリカの同盟国である以上、デジタル人民元の台頭によってアメリカ優位が揺らぐことがあれば、日本にも大きな影響を与えるはずです。

日本政府が警戒するのも、こうした背景があるからです。デジタル人民元の動向は政府のみならず、民間も注視していく必要があるでしょう。