スマホ決済で「疑似預金」ができれば銀行は必要ないのか?
銀行に預金しても、金利がこれだけ低いと利子がほとんどつかず、ありがたみがありません。だからといって、大金を自宅に置いておく「たんす預金」は防犯上心配です。
そこで注目されているのが、スマホにお金を貯める「疑似預金」です。
疑似預金とは、スマホ決済の機能が、あたかも預金に機能することを指します。疑似預金は賢いお金の保管方法として注目されていますが、注意しなければならないこともあります。
そもそも預金とは
疑似預金を理解するのは、本家本元の預金について知っておいたほうがよいでしょう。
金融機関にお金を預けて利子を得ること
預金とは、銀行や信用金庫などの金融機関にお金を預ける経済行為です。預金をする利用者のメリットは、現金の安全な管理と、利子という利益が得られることの2つです。
銀行が、預金をした利用者に利子を支払うことができるのは、預金を使って企業などに融資をして、融資先から金利を得ているからです。
預金という事業(ビジネス)を行えるのは、国から免許を発行された預金取扱金融機関だけです。預金取扱金融機関についてはあとで説明します。
預金には投資の側面もある
銀行に預金をする利用者は、お金を銀行に貸して利子を得ているので、預金にも投資の側面もあります。預金は、株式を買って配当金を得る株式投資や、家賃を得る不動産投資と似ています。
ただ預金には、リスクがほとんどない、利回りが極端に低い(ほとんど利子をもらえない)という性質があり、これが株式投資や不動産投資と大きく異なる点です。
疑似預金とは、スマホ決済に備わった預金のような機能
疑似預金とは、スマホ決済に備わった預金のような機能のことを指します。ただ、完全に預金と一致するわけではありません。
スマホ決済とは
スマホ決済とはキャッシュレス決済の1つで、現金を使わずにお金のやり取りを行う手段です。スマホに決済専用のアプリをインストールすると、「前払い」「即時支払い」「後払い」が可能になります。
前払いのスマホ決済はプリペイド型といい、事前にお金をスマホアプリにチャージすることで、決済(支払い)ができるようになります。チャージした現金がなくなると決済できなくなりますが、再びチャージすれば再び決済できるようになります。
即時支払いのスマホ決済をリアルタイムペイメント型といい、スマホ決済を実行すると(支払いをすると)すぐに、利用者の口座からその分のお金が差し引かれます。
後払いのスマホ決済をポストペイ型といい、スマホ決済を実行すると、あとで利用者の口座からその分のお金が差し引かれます。ポストペイ型スマホ決済は、クレジットカードとほぼ同じ支払い手順になります。
ポイントが預金と同じ効果を生む
スマホ決済がなぜ預金と似ているのでしょうか。それは、スマホ決済の仕組みが、お金を預けているようなものだからです。
スマホ決済では、利用者の現金を「支払い可能額のデータ」に変えています。これにより、利用者の手元から現金が物理的に離れたのに、利用者は依然として現金を持っているときと同じ効果が得られます。つまり買い物ができます。
預金も、利用者の現金が、利用者の手元から口座に移動しているのに、利用者は依然として現金を持っているときと同じ効果が得られます。
そしてスマホ決済サービスを提供している会社は、利用者にポイントという特典を頻繁に付与しています。ポイント目的でスマホ決済を使っている人もいるでしょう。
スマホ決済のポイントは、それで買い物ができる性質を持っているので、ほぼ現金と同じものです。スマホ決済を使ってポイントがもらえれば、スマホ決済にお金を預けて利子を受け取っているのと同じメリットが得られます。
これが疑似預金のメカニズムであり、そして「疑似」と呼ばれている理由です。
「預金取扱金融機関」と「資金移動業者」について
銀行などのことを、預金取扱金融機関といいます。スマホ決済サービス会社のことを、資金移動業者といいます。両者の性質を知ると預金と疑似預金の違いがわかります。
国は預金取扱金融機関への規制を厳しくして預金を守っている
預金という事業を行うことができるのは、国から免許を取得した預金取扱金融機関だけです。国が、銀行などの預金取扱金融機関にしか預金ビジネスを許さないのは、もし預金が消えるような事故が起きたら国民生活が混乱するからです。
預金取扱金融機関になるには、資本金の額を20億円以上にしたり、自己資本比率を高めたりしなければなりません。そのため、強い企業や大企業、そしてしっかりした企業しか、預金取扱金融機関になることができません。
国は、預金取扱金融機関への規制を強めて倒産しにくくすることで、利用者の預金を守ります。そして、万が一銀行などが経営破綻したとしても、預金は利用者に戻るようにしています。
したがって、スマホ決済サービス会社は、預金ビジネスをすることはできません。
資金移動業者は規制が緩く「なりやすい」
資金移動業者とは、100万円以下の資金移動業を営む、金融機関以外の企業のことです。スマホ決済サービスは、資金移動業に該当します。企業が資金移動業を営むには、国に資金移動業者として登録しなければなりません。
預金取扱金融機関は免許制ですが、資金移動業者は登録制です。一般的に、登録制のほうが免許制より審査が緩いので、「なること」が簡単です。
資金移動業者に登録するには、最低1,000万円の履行保証金を供託する必要があります。供託とはお金を国の機関である供託所に提出することです。
履行保証金の1,000万円という額も、預金取扱金融機関になるために必要な資本金20億円以上よりはるかに小さな額なので、やはり資金移動業者のほうが「なりやすい」といえます。「なりやすい」とは、国の規制が厳しくないという意味です。
スマホ決済の疑似預金が物議に?
預金ビジネスをする銀行(預金取扱金融機関)は規制が強く、疑似預金ビジネスをしているスマホ決済サービス会社(資金移動業者)は規制が弱いことがわかりました。
このことを逆手に取ったビジネスモデルが生まれ、物議をかもしたことがあります(※1)。
スマホ決済サービスのA社が2020年に、アプリにチャージした残高に年利1%のポイントを付与することを決めました。例えば、A社のスマホ決済を使っている利用者が10万円をアプリにチャージすると、1,000円分のポイントがつき、101,000円分の買い物ができるようになります。
ただ、1,000円分のポイントは現金に戻すことができず、スマホ決済での買い物にしか使えません。したがって依然として「預金」ではなく「疑似預金」のままです。
しかし、この手法は限りなく預金に近いことから混乱が生じ、A社はすぐにこの年利1%ポイントサービスを中断しました。
(※1)https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF180ZU0Y1A210C2000000/?unlock=1
出資法に抵触する恐れがあった
A社のスマホ決済年利1%ポイントサービスが中止に追い込まれたのは、出資法という法律に抵触する恐れがあったから、と考えられています(※1)。出資法は、金融機関以外が「業として預かり金をすること」を禁じています。つまり、スマホ決済サービス会社が預金ビジネスをすることを禁じています。
金融庁は現金を受け入れる、不特定多数の人が客になる、元本の返済を約束する、現金を保管する機能があるとき、「預かり金」ビジネスと認定しています。
A社のスマホ決済年利1%ポイントサービスはこの4条件に合致してしまいます。
政府は給与のデジタル払いでスマホ決済を後押しする
A社はスマホ決済年利1%ポイントサービスの断念に追い込まれましたが、スマホ決済の疑似預金機能はさらに強化されるでしょう。それは、働く人の給与を、スマホ決済にチャージできるようになるからです(※2)。
(※2)https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF193SK0Z10C21A2000000/
給与で直接チャージできる
政府は給与の「デジタル払い」を可能にする方針を打ち出しました。デジタル払いが可能になれば、企業は従業員の給与を、従業員のスマホ決済に入金することができます。つまり、勤務先の企業が、働く人のスマホ決済アプリに給与分をチャージするというわけです。
現行は次のような流れになっています。
●働く→銀行口座に給与が振り込まれる→そのお金でスマホ決済にチャージする→スマホ決済で買い物をする
給与のデジタル払いが可能になると、次のようになります。
●働く→給与がスマホ決済にチャージされる→スマホ決済で買い物をする
スマホ決済で買い物をするときの行動が1つ減ることになり、その分スマホ決済の利便性が高くなります。政府はキャッシュレス化を推進する立場にあるので、このような方針を打ち出しています。
まとめ~課題はポイントと安全性
スマホ決済の利用拡大と、それにともなう疑似預金機能の強化は避けらないでしょう。そしてそれは、消費者の利便性を高めます。
ただ、「預金」と「疑似預金」を大きく隔てるものは安全性です。銀行の預金の利子が、スマホ決済のポイントより割安なのは、銀行が安全性を確保するために多額のコストを支払っているからと考えることができます。
そ
して、いくらポイントのお得感が強くなっているとはいえ、安全性が犠牲になっていたら消費者は手放しでは喜べません。
スマホ決済の今後の課題は、適正なポイントの額と安全性の確保になるでしょう。