クレジットカードのVISAが「タッチ決済」で交通業界を攻める理由とは?
クレジットカード世界大手のVISAが、日本でもタッチ決済の導入を進めています。
クレジットカードで支払いをする場合、普通は店側が用意したカードリーダーにクレジットカードを差し込みますが、タッチ決済は専用機器にクレジットカードをかざすだけで非接触で決済が完了します。
すでに交通系のスイカやセブンイレブンのナナコ、スマホ決済のQRコード決済などは、カードやスマホを機器にかざすだけの非接触方式になっています。
したがってVISAは、非接触のタッチ決済をクレジットカード業界に積極的に導入しようとしているわけです。
なぜVISAはタッチ決済に目をつけたのでしょうか。そしてVISAは日本で、高校交通機関を攻略しようとしています。
VISAのタッチ決済戦略を追いました。
VISAのタッチ決済とその他のタッチ決済の仕組みの違い
VISAのタッチ決済は世界中で使われています。日本では、アメリカのビザ社の傘下企業であるビザ・ワールドワイド・ジャパン株式会社(本社・東京都千代田区)がタッチ決済を運用しています。
また、三井住友カードというブランドで「VISAのクレジットカード事業」を展開している三井住友カード株式会社(本社・東京都江東区)が、積極的にVISAのタッチ決済事業に協力しています。
三井住友カード株式会社のような企業のことをアクワイアラーといい、VISA加盟店と加盟店契約を締結する業務などを請け負っています(※1、2、3、4)。
VISAのタッチ決済もその他のタッチ決済も「かざしてピッ」で支払いが終わりますが、その仕組みは少し異なります。
※1:https://www.visa.co.jp/legal/p-protection.html
※2:https://www.smbc-card.com/index.jsp
※3:https://www.smbc-card.com/company/info/outline.jsp
※4:https://xtrend.nikkei.com
「NFCタイプA・B」と「NFCタイプFのFeliCa」
世界中で使われているタッチ決済には、NFCタイプA・Bという規格が使われています。NFCはニア・フィールド・コミュニケーションの略で、近距離無線通信と訳されます。
NFCタイプA・Bは、カードやスマホに搭載したICチップと読み取り機器の間で非接触の無線通信を行い、支払いのデータを送受信することで決済ができる仕組みです。
VISAのタッチ決済は、このNFCタイプA・Bを利用しています。
一方、鉄道やバスなどで使われているスイカやパスモなどは、NFCタイプFとなるFeliCaという規格を使っています。だからスイカとパスモは互換性があるわけです。
FeliCaはソニーが開発しました。
FeliCaもNFCの一種ですが、NFCタイプA・Bとの互換性はありません。
では「NFCタイプA・B」と「NFCタイプFのFeliCa」は何が違うのかというと、処理速度です。FeliCaは1秒かからず処理できますが、NFCタイプA・Bは数秒かかります。
鉄道駅の改札口でスイカが瞬時にデータを処理できているのはFeliCaだからです。
この処理時間は、VISAのタッチ決済事業の重要ポイントになってきます。
JR九州がVISAのタッチ決済を導入する意味
JR九州は2022年、博多駅などの5つの駅の改札口でVISAのタッチ決済を使う実証実験に着手しました。
この事業にはVISAの日本法人、ビザ・ワールドワイド・ジャパンに加えて、三井住友カードなども参加しています。三井住友カードは独自に公共交通機関向けソリューション「ステラ・トランジット」を開発していて、これもJR九州の改札口に投入します。
JR九州にはすでに、スゴカという、スイカとの互換性があるタッチ決済システムがあります。そこにさらにVISAのタッチ決済を加えようとしているわけです。
これには決済手段が1つ増えること以上の意味があります(※5、6、7、8)。
※5:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000174.000006846.html
※6:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC1962J0Z10C22A7000000/
※7:https://www.jrkyushu.co.jp/sugoca/about/index.html
※8:https://jreastfaq.jreast.co.jp/faq/show/1013?category_id=30&site_domain=default
起きないはずのことが起きた?
JR九州の実証実験は、VISAのタッチ決済機能を搭載したクレジットカード、またはデビットカード、またはプリペイドカードを改札口で使えるようにする、という内容です。
JRグループでVISAのタッチ決済を導入するのは、JR九州が初めてになります。
なぜならスイカはJR東日本などが開発したものなので、JRグループ各社はスイカと互換性のあるタッチ決済システムを使ってきました。JR九州の場合はスゴカです。
実証実験とはいえVISAのタッチ決済がJR九州に導入されることは画期的なことであり、さらにいえば「VISAがJRグループに殴り込んだ」ともいえます。
一度負けたVISAのリベンジマッチ
VISAは2020年ごろから、公共交通機関に対して猛アプローチを仕掛けてきました。
その甲斐あって2022年7月現在、20都道府県の28の公共交通機関がVISAのタッチ決済を導入したか、あるいは実証実験を始めています。JR九州もその1つです。
VISAは以前にも公共交通機関にタッチ決済の導入を働きかけたことがありましたが、そのときはスイカなどに搭載されたFeliCaに負けてしまいました。FeliCaは高速処理ができるので、多くの公共交通機関がこちらを採用したのです。
そこでVISAは自社のタッチ決済技術を向上させ、FeliCaと遜色ない処理スピードを実現しました。それで再度、公共交通機関に猛烈アタックをかけ、普及を図ってきたのです。
VISAの狙いは駅周辺と大阪万博
JR九州などの公共交通機関にとっては、VISAのタッチ決済を導入すれば乗客の利便性が向上するので、この流れは歓迎できるはずです。
ではVISAが多額のコストをかけて公共交通機関での利用を広げようとしているのはなぜでしょうか。
VISAの狙いは駅周辺の購買の取り込みと大阪万博にあるようです(※6)。
駅でタッチするとそのまま買い物でもタッチする
ビザ・ワールドワイド・ジャパンによると、イギリス・ロンドンの鉄道駅の改札口でVISAのタッチ決済を使った乗客は、そうでない乗客より、駅周辺の小売店で2倍多く買い物をしたそうです。似た現象は、アメリカ・ニューヨークの鉄道駅でも確認できました。
駅の改札口でVISAカードで「ピッ」とした人は、近くの店でもVISAカードで「ピッ」とする、というわけです。
消費者に使い慣れてもらうことは、クレジットカード・ビジネスや決済ビジネスにとってとても重要であることがわかります。
ビザ・ワールドワイド・ジャパンも、公共交通機関でVISAのタッチ決済を使い慣れてもらい、「ついで使い」を増やしたいと考えています。
2025年の大阪万博の外国人観光客もターゲットに
VISAのタッチ決済を導入した28の公共交通機関のなかには、大阪府の南海鉄道と泉北高速鉄道、和歌山県の南海フェリー、京都府と兵庫県の京都丹後鉄道など、西の事業者が多く含まれています。
これはVISAが、2025年の大阪万博を見据えて西戦略を展開した結果です。
大阪万博には多くの外国人観光客がやってきます。その人たちは自国で使っているVISAのタッチ決済を、大阪周辺の公共交通機関で使えるようになります。
これはVISAの売上高に貢献するだけでなく、公共交通機関にも大きな恩恵をもたらすはずです。
まとめ~「クレカでもタッチ」時代を見据えている
クレジットカードの利用者のほとんどは「今はまだ」、カードを機器に差し込む方式に違和感を持っていないと思います。
そして、タッチ決済方式に代わることを期待している人も「今はまだ」多くないかもしれません。
しかし、カードやスマホをかざすだけで非接触で支払いの処理が終わるのは、カード差し込み方式より明らかに簡単です。
そのため、「カード差し込みは不便」「タッチ決済が使える店でしか買い物をしない」と考える人が増えるのも時間の問題なのかもしれません。
そのときカード差し込み方式しか持っていないクレジットカード会社は不利になるでしょう。
VISAは「クレジットカードもタッチ決済が当たり前」という時代が到来することを見据えて投資をしています。