キャッシュレスが日本で普及しないのは手数料のせいなのか?
キャッシュレス決済(以下、キャッシュレス)は、現金を持つわずらわしさから解放され、支払いに手間がかからず、ポイントが貯まり、ポイントで支払うことができ、しかも無料。
キャッシュレス・ユーザーは、キャッシュレスを使わない理由がみつからないはずです。
しかし日本の2021年のキャッシュレス利用の比率は32.5%にすぎず、残りの約7割は現金利用です(※1)。
キャッシュレスの普及が進まないのは、日本人の現金信仰のせいとされていますが、もう1つ明確な理由があります。
それは、キャッシュレスがコスト高であることです。
キャッシュレスはスマホやカードをかざして「ピッ」で支払いが済みますが、その裏では高度なコンピュータ・システムが動き、複雑な仕組みになっています。
その運営には多額の費用がかかっていて、これを導入する小売店や飲食店などは手数料を支払わなければなりません。
手数料を負担したくない企業はキャッシュレスを導入しないので、キャッシュレスが使えない店がいまだに多く存在するわけです。
キャッシュレスの手数料問題を考えてみます。
※1:https://www.meti.go.jp/press/2022/06/20220601002/20220601002.html
手数料は4回も発生している
キャッシュレスの代表としてスマホ決済(QRコード決済)を取り上げ、このコスト構造をみていきます。
スマホ決済の仕組みはとても複雑で、プレイヤーも多く、それでコスト高体質になっています。
■スマホ決済の仕組みと流れ
●利用者が自身のスマホにスマホ決済アプリをダウンロードする ↓ ●スマホ決済ユーザー(利用者)が自分の銀行口座をスマホ決済アプリに登録する ↓ ●利用者がスマホ決済アプリを操作して、自分の銀行口座の残高からスマホ決済アプリにチャージする(入金する) ↓ ●スマホ決済が使える店で買い物をする ↓ ●店でスマホ決済で支払う ↓ ●スマホ決済会社から店に入金される |
この一連の流れのなかで4回も手数料が発生しています。
上記の「スマホ決済の仕組みと流れ」に、4回の手数料の発生を書き込むとこのようになります。
■スマホ決済の仕組みと流れ(4回の手数料を加筆したもの)
●利用者が自身のスマホにスマホ決済アプリをダウンロードする ↓ ●スマホ決済ユーザー(利用者)が自分の銀行口座をスマホ決済アプリに登録する ★手数料1:スマホ決済会社が銀行に手数料を支払う ↓ ●利用者がスマホ決済アプリを操作して、自分の銀行口座の残高からスマホ決済アプリにチャージする(入金する) ★手数料2:スマホ決済会社が銀行に手数料を支払う ↓ ●スマホ決済が使える店で買い物をする ↓ ★手数料3:買い物データが送信されたとき、銀行がデータ送信会社に手数料を支払う ↓ ●店でスマホ決済で支払う ↓ ●スマホ決済会社から店に入金される ★手数料4:店がスマホ決済会社に手数料を支払う |
4つの手数料を1つずつみていきましょう。
銀行口座をスマホ決済に登録するとき、スマホ決済会社が銀行に手数料を支払う
利用者は自分の銀行口座をスマホ決済サービスに登録することでスマホ決済を使うことができます。
利用者が紐づけの手続きをすると銀行は所定の作業をしなければならないのでコストが発生します。銀行は「やってあげている」立場なので、このコストを負担することはありません。
利用者にこのコストを押しつけたら利用してもらえなくなるので、スマホ決済会社が負担することになります。
スマホ決済会社は、利用者と店にスマホ決済サービスを提供する会社です。
このときすでにコスト負担のねじれ現象が起きています。
スマホ決済サービスの恩恵を受けるのは利用者なのに、そのコストを負担しているのはスマホ決済サービスなので、ねじれているわけです。
ねじれが起きたらどこかで解消しなければなりません。
銀行口座からチャージするときにスマホ決済会社が銀行に手数料を支払う
手数料2は、利用者が自分の銀行口座の残高からスマホ決済アプリにチャージするときに発生します。銀行は、利用者の銀行口座から指定された額を引き落として、スマホ決済アプリに移動させるのでコストが発生します。
このコストも利用者に負担させるわけにいかないので、スマホ決済会社が負担します。
したがってスマホ決済会社が銀行に手数料を支払います。これもサービスの享受者は利用者なので、コスト負担のねじれが起きてしまっています。
買い物データが送信されたとき、銀行がデータ送信会社に手数料を支払う
利用者がスマホ決済で支払いを済ませると、そのデータが銀行に送信されます。データを送信しているのはデータ送信会社なので、ここに送信料というコストが発生します。
このコストは銀行が負うことになるので、銀行がデータ送信会社に手数料を支払います。
しかし銀行が買い物をしているわけではなく、銀行はただ、利用者と店のためにデータ送信をする手配を整えただけです。そのため本来はこの手数料は銀行が支払うべきものではありません。
したがって銀行は、自身が支払ったデータ送信手数料をスマホ決済会社に請求するはずです。
そのためここでも、ねじれが起きたことになります。
店がスマホ決済会社に手数料を支払う
さてここまでの手数料1、2、3は、いずれもねじれが起きています。つまり決済サービスの恩恵を受けていない者が手数料を負担しています。
そしてこの3つのねじれのしわ寄せは、スマホ決済を導入した小売店や飲食店などにいきます。
店はスマホ決済会社にスマホ決済システムの利用料(手数料)を支払います。スマホ決済会社がこの事業を黒字化するには、これまで自身が負担してきた手数料に自身の利益をのせて店に請求しなければなりません。
そのため店が支払う利用料は相当高額になります。
それでもスマホ決済を導入すれば客が増えると算段した店は、スマホ決済会社からいくら請求されても支払わなければなりません。
利用者(客)もスマホ決済の恩恵を受けているので、本来はコストの一部を負担しなければならない道理ですが、しかしコストを請求した途端に利用者が減るのは明らかなので、スマホ決済会社は利用者には手数料を要求しません。
したがって店がスマホ決済会社に支払う利用料の一部は、本来は利用者が負担すべきお金である、と考えることもできます。
コストを押しつけ合っているからキャッシュレスが普及しないのか
キャッシュレス業界は今、コストの押しつけ合いの様相を呈しています。
スマホ決済では次のようなことが起きています。
- 銀行は多額の投資をして決済インフラを構築したから、スマホ決済会社に請求する手数料を安くできない
- スマホ決済会社は銀行に支払う手数料を高いと感じているから、店に請求する手数料を安くできない
スマホ決済会社はスマホ決済を普及させるため、スマホ決済の導入直後は店に手数料を請求しないことがあります。「無料でいいからスマホ決済を導入してください」と営業するわけです。
しかしそれではスマホ決済会社は「ただ働き」しているようなものなので、店への手数料無料キャンペーンを永遠に続けることはできません。
そしてスマホ決済会社が店に手数料を要求した途端、店が「手数料を支払わなければならないのなら使わない」と判断するかもしれません。
これがコスト高がスマホ決済の普及を妨げている構図です。
スマホ決済会社は銀行に手数料の値下げを要請している
この流れを逆から追っていくとコスト問題の源流がみえてきます。
便利であることを知りながらスマホ決済を導入しない店があるのは、店がスマホ決済会社に支払わなければならない手数料を販売価格に転嫁できないからでしょう。
したがって、スマホ決済会社が手数料を値下げすれば、もっと多くの店がスマホ決済を導入するはずです。
ではなぜスマホ決済会社は店に請求する手数料を値下げできないのか。それは銀行に支払う手数料が高額だからです。
では銀行が手数料を値下げすればよいのかというと、そう簡単にはいきません。なぜならこれまで銀行は、多額の投資をして決済インフラを構築してきました。それをスマホ決済会社に貸し出すので、相応の手数料を受け取りたいわけです。
そこでスマホ決済会社は今、銀行に対して手数料の値下げを猛烈に要請しています。例えばペイペイには値下げ交渉を専門に行う「金融機関渉外部」があるほどです。
さらに公正取引委員会も、銀行が値下げ交渉に応じているかどうか調べています(※2)。
※2:https://www.nikkei.com/article/DGKKZO59480840Z20C22A3MM8000/
まとめ~いずれ利用者負担が必要になる?
銀行が手数料の値下げに応じればドミノ倒し的にコスト安が進み、最終的には店の負担が軽減されるのでスマホ決済などのキャッシュレスを導入する店が増える、と皮算用することができます。
これがなかなか実現しないのは、銀行の台所事情も決して楽ではないからです(※3)。
コスト削減がうまくいかないと、残る道は利用者負担になります。スマホ決済などのキャッシュレスは利用者にメリットをもたらすので応分の負担をすべきである、という議論が起こっても不思議はありません。
そしてキャッシュレスの利便性を体験した利用者も「もう現金生活に戻れない」と考えて、負担を甘受するかもしれません。
金融サービスが便利になって利用者の負担が増えることは珍しい現象ではなく、例えばATMでお金を引き出すとき手数料がかかることがあります。
自分の銀行口座のお金を自分が抜き取るのに手数料を取られるのは、お金を預かってもらっていて、なおかつ、いつでもそのお金を引き出せる状態にしてもらっているからです。
コストが発生すれば、必ず誰かが負担しなければなりません。
※3:https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/researchfocus/pdf/13430.pdf