イーロン・マスク氏は何をした?ビットコインの急騰と急落の理由
日本の金融庁は暗号資産について「投機を助長しているとの指摘もあり、このような資産に投資する投資信託等の組成・販売には慎重に対応すべきであると考える」と警戒しています(*1)。
その警戒が現実のものとなりました。最も有力な暗号資産であるビットコインの価格が、急騰したり急落したりと、乱高下を繰り返しています。
2021年1月1日の1ビットコインの価格は2,981,601円でしたが、4月15日には6,856,257円にまで高騰。僅か4ヵ月の間に2.3倍と跳ね上がりました。
ところが5月20日には3,988,327円にまで急落し、4月15日と比べて42%も減額しました(*2)。資産と呼ばれるものが1カ月足らずで4割も減るのは、確かに「投機を助長している」といえます。
ビットコインは元々価格変動が激しいことで知られていましたが、この2021年初頭の動きは、1人のアメリカ人によって引き起こされた可能性があります。その人は、アメリカの電気自動車メーカー、テスラの創業者でCEOのイーロン・マスク氏です。
マスク氏は何をしたのでしょうか?
*1:https://www.fsa.go.jp/news/r1/shouken/20190930.html
*2:https://bitflyer.com/ja-jp/bitcoin-chart
ビットコインの値動き
1ビットコインの価格 (単位:円) | 上段との比較 | |
2021/1/1 | 2,981,601 | |
2021/2/20 | 6,043,546 | 103% |
2021/3/22 | 6,189,585 | 2% |
2021/4/3 | 6,577,256 | 6% |
2021/4/15 | 6,856,257 | 4% |
2021/5/20 | 3,988,327 | -42% |
2021年前半のビットコインの値動きを確認します(*2)。
この日付は、象徴的な価格になった日と、マスク氏の注目発言との兼ね合いで選びました。
表中の「上段との比較」は、例えば2月20日の6,043,546円は、1月1日の2,981,601円より103%上昇している、という意味になります。
4月15日の価格は1月1日の2.3倍で、5月20日の価格は4月15日の42%減です。投資の世界では、激しい値動きをすると「ジェットコースターのようだ」と表現することがありますが、この状況にぴったり当てはまります。
マスク氏のビットコイン関連の言動
続いて、マスク氏のビットコイン関連の言動を紹介します。
2021年1月中 | マスク氏、ツイッターに「#bitcoin」と記載(*3) マスク氏がCEOを務めるテスラがビットコインを1,600億円分購入したことが明らかになる(*4) |
2021/3/24 | マスク氏「ビットコインでテスラの電気自動車を買えるようになった」とツイート(*5) |
2021/5/16 | 「マスク氏が『テスラがビットコインを売却したことを示唆した』」と報道される(*6) |
2021/5/17 | マスク氏「テスラはビットコインをまったく売っていない」とツイート(*7) |
マスク氏が1月にツイッターに「#bitcoin」と記載しただけで大ニュースになるのか、といぶかるかもしれませんが、なります。それは、マスク氏が単なるお騒がせな人ではないからです。実際に、テスラが1,600億円分のビットコインを購入しています。
マスク氏はテスラのCEOですが、テスラは上場企業なので企業の投資活動としてビットコインを買ったことになります。しかし、マスク氏はテスラのCEOであり創業者なので、テスラの行動はマスク氏の意向と考えるのが自然です。
そしてマスク氏は3月には、テスラの電気自動車をビットコインで買えるようにしたと発表しました。これはもちろん、ビットコインを保有する顧客へのサービスを拡充したものでしょう。しかし邪推すれば、ビットコインに注目が集まれば価格が上がり、テスラのビットコイン投資の含み益が膨らみます。
5月16日にマスコミが「テスラが保有するビットコインを売った」と報道すると、マスク氏は翌日の17日に、これを完全否定しています。ビットコインの価値を下げたくないという意図が働いたとみるべきでしょう。
*3:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-01-29/QNO3TXT0G1KW01
*4:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM092X60Z00C21A2000000/
*5:https://forbesjapan.com/articles/detail/40559
*6:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-05-16/QT7SLGT0AFB401
*7:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-05-17/QT8O2NT0G1KY01
ビットコインの値動きとマスク氏の言動からみえてくるもの
上記の2つの表を合体すると、次の2つのことがわかります。
●マスク氏がビットコインにとってポジティブな言動をするとビットコインの価格が上昇する
●マスク氏がネガティブな発言をすると価格が下落する
5月20日の急落は5月16日のネガティブ報道を受けての動きですが、17日にはマスク氏が「テスラはビットコインをまったく売っていない」と全面否定しています。
ここから、ビットコインの価格を動かす力があるマスク氏でも、制御する力までは持っていないことがわかります。投機の恐ろしい一面が垣間みられます。
なぜマスク氏はビットコインへの関心を失ったのか
上記の表で紹介しなかった、マスク氏の重大発言があります。
マスク氏は2021年5月12日に、ビットコインでテスラの電気自動車を買えるようにするのを停止した、と発表したのです(*8)。なぜマスク氏は、急にビットコインへの関心を失ったのでしょうか。
大量の電力消費?株主の圧力?
ビットコインで電気自動車を買えなくした理由についてマスク氏は次のように発言しています(*8)
●(ビットコインを運営するために必要となる)電力消費量の増加は常軌を逸している
ビットコインは大量のコンピュータを使うので、大量に電力を消費します。ビットコインが1年間に消費する電力量は、ノルウェーの1年間の電力消費量を上回ります(*9)。マスク氏は、この非エコな仕組みが気に入らなかったのでしょう。
しかし、暗号資産に大量の電力が必要なことは、もう何年も前から世界中で知られていたことなので、今、ビットコインへの関心を失った理由として挙げるのは「無理」があります。
日本経済新聞は、アナリストの見解として、マスク氏がテスラの株主などから圧力を受けたのではないか、とする説を紹介しています(*8)。
このアナリストは、テスラは電気自動車メーカーで、電気自動車はエコの象徴なので、テスラは非エコな行動は慎むべきだと批判されたのではないか、と推測しています。
*8:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB00009_X10C21A5000000/
*9:https://forbesjapan.com/articles/detail/41288
投資の魅力が薄れた?
では、マスク氏はなぜ、そもそもビットコイン投資に関心を持ったのでしょうか。2021年2月に、マスク氏はこのように言っています(*10)。
●法定通貨の実質金利がマイナスの状況で、別の場所に目を向けないのは愚かだ。ビットコインは、法定通貨とほぼ同じくらい無価値だ。キーワードは「ほぼ」だ。
この言葉を素直に解釈すると、「銀行に預金をしても金利がつかないが、ビットコイン投資ならわずかながら利益が出る」となるでしょう。
この発言から、マスク氏がビットコインを魅力的な投資商品としてみていたことがわかります。そして、やはりマスク氏のこれまでの言動を素直に解釈すると、ビットコインに魅力を感じて投資を始めたが、魅力がないことに気がついて関心を薄めた、となるのでしょうか。
*10:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-02-19/QORAANT0AFB401
まとめ~まだリスクが大きいことがわかる
マスク氏の言動とビットコインの値動きから学べることは、暗号資産投資はまだまだリスクが大きいということでしょう。
ビットコインは市民権を得つつありますが、一般の個人投資家がチャレンジするには相当な覚悟が必要となるはずです。そして、マスク氏も同じことを学んだのではないでしょうか。
2021年5月19日、テスラの株価が下落して、同社は1月以降、時価総額約33兆円を失いました(*11)。アナリストは、テスラ株下落の要因として、中国での電気自動車の販売が低迷したことと、ビットコイン価格の下落を挙げています。
*11:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-05-19/QTD25ZT0G1LI01