【キャッシュレスの課題】高齢者と子供には使いにくいのでは?
かたくなに現金主義を貫いていた人が、一度キャッシュレスを使ったらその虜(とりこ)になってしまった、ということは珍しくありません。
キャッシュレスは現金を使わないので便利で、ポイントを獲得して金銭的に得することもできます。そして政府も、キャッシュレスを後押ししています(※1)。キャッシュレスはデジタル技術を使っていて、デジタル社会は人々を幸せにすると考えているからです(※2)。
ただキャッシュレスが「本当に便利なのか」については、深掘りして考える必要がありそうです。なぜなら、高齢者と子供には、キャッシュレスの利用はハードルが高いからです。
この記事では、キャッシュレスの課題を考察します。
※1:https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/cashless/index.html
※2:https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kojinjyoho_hogo/kentoukai/dai9/sankou1.pdf
誰1人取り残さないことは難しい
もし現在のキャッシュレスが高齢者や子供にとって使いにくいものなら、この仕組みをつくっているIT企業やクレジットカード会社、スマホ決済会社、金融機関などは、改善していかなければならないでしょう。
なぜなら、日本は世界有数の高齢社会なので、高齢者は決済サービスのメーンユーザーの1人だからです。企業にとっても高齢者は重要な顧客なので、支払い(決済)で不便を感じさせるのは得策ではありません。
そして子供たちは、未来の決済サービスユーザーだからです。子供たちに便利さを実感してもらわないと、大人になって収入を得たときにキャッシュレスを多用してもらえません。
この問題のポイントは、現金なら高齢者も子供も難なく使いこなすことができている点です。つまり、現在のキャッシュレスは、高齢者と子供の決済領域で、現金に負けていることになります。
高齢者と子供のスマホ保有率は低い
キャッシュレスの重要ツールの1つにスマホがあります。このスマホも、高齢者と子供のキャッシュレスの壁になっています。
総務省によると、2017年のスマホの年代別個人保有率は以下のとおりです(※3)。
<2017年のスマホの個人保有率(年代別)>
●全体平均の60.9%を上回る年代
- 1位:20代、94.5%
- 2位:30代、91.7%
- 3位:40代、85.5%
- 4位:13~19歳、79.5%
- 5位:50代、72.7%
●全体平均の60.9%を下回る年代
- 6位:60代、44.6%
- 7位:6~12歳、30.3%
- 8位:70代、18.8%
- 9位:80歳以上、6.1%
スマホは13~59歳の人のもの、という傾向がくっきり出ています。13~59歳の保有率は全体平均の60.9%を大きく上回っています。それは裏返すと、12歳以下と60歳以上の人にとってスマホは使いにくいもの、となります。
スマホが決済ツールでなければ、このような傾向があっても問題にならないでしょう。
12歳以下の子供に無理やりスマホを使わせる必要はなく、60歳以上で現役を退いた人やそれほど多くの情報を必要としていない人はスマホに依存しなくても生活できるからです。しかし、スマホが決済ツールとして重要な役割を担っているとしたら、それでは困ります。なぜなら、12歳以下の子供も、60歳以上の人もお金を使うからです。
このままキャッシュレスが普及して、現金が使いにくい世の中になったら、12歳以下の子供と60歳以上の人にとって買い物がしづらい社会になってしまいます。
※3:https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd142110.html
決済は気軽に簡単にできなければならない
内閣官房のデジタル改革関連法案ワーキンググループは次のように述べています(※2)。
●デジタル社会の形成では、多様な国民がデジタルの活用によってニーズに合ったサービスを選択でき幸せになれる、誰1人残さない人に優しいデジタル化を進める
「誰1人残さない」はとても強いキャッチフレーズです。これは政府の強い意志の表れであると同時に、デジタル社会をつくっていく過程で全員に恩恵を与えることの難しさを言い表しています。
国民全員をデジタル社会に慣れ親しませることが難しいから「誰1人残さない」と強く決意しなければならなかったのでしょう。
キャッシュレスは決済のデジタル化であり、決済とはお金を使うことであり、お金を使うことは生活シーンのなかで最も重要な行動の1つなので、誰でも気軽に簡単にキャッシュレスを使えなければなりません。現金は、気軽に簡単に、を実現しています。
キャッシュレスを気軽に簡単に使えない人がいたとしたら、現金と同じくらい気軽に簡単に使えるシステムに改良していく必要があります。
高齢者の壁「見づらい」
スマホを使ったキャッシュレスに、QRコード方式があります。
QRコード方式を使うには、ユーザーは、店で買い物をするときにスマホを取り出し、アプリを立ち上げ、店側が提示するQRコードを読み取るという作業が必要になります。若い人にとっては、現金を使わない便利な方法ですが、高齢者にとっては壁になります。
まず、スマホの画面は小さく、高齢者には見づらく操作しづらいという欠点があります。そして「概念」が難しいという欠点もあります。
QRコードという概念、QRコードを読み取るという概念、QRコードをスマホで読み取ったことがお金の支払いに結びつく概念は、簡単には理解できません。
買い物とは、物とお金を交換する作業のことです。現金で買い物をすれば、物とお金を交換して終わりです。しかしQRコード方式では、物とお金を交換する行為の間に「スマホを取り出し、アプリを立ち上げ、店側が提示するQRコードを読み取る」という作業が入ります。
実はキャッシュレスの便利さは複雑な作業のうえに成り立っていて、これが高齢者を混乱させています。
子供の壁「お金の重要性を理解しにくい」
続いて子供のキャッシュレスの壁をみていきましょう。このようなエピソードがあります(※4)。
塾に通う子供のために、親がお金をチャージした交通系ICカードを渡しました。交通系ICカードは、交通機関などが発行しているカードで、事前にお金をチャージしておくと、そのカードを提示するだけで乗車賃を支払うことができます。また、交通系ICカードを使って、チャージしたお金の範囲内で買い物ができます。交通系ICカードもキャッシュレス・ツールです。
親は交通費として交通系ICカードを渡したのですが、子供はそれで食べ物や飲み物を買い、さらに友達におごっていました。
現金なら、塾に行くたびに交通費分を渡すだけでよいので、このようなことは起きません。しかし、塾に行くたびに1回分の交通費を交通系ICカードにチャージすることは事実上不可能なので、その結果、大金を子供に預けることになってしまいます。
お金の概念を十分理解できない子供には、交通系ICカードは打ち出の小槌のように感じることでしょう。
キャッシュレスは現金をレスするだけでなく、現金感覚もレスさせてしまいます。
※4:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFK067W20W1A400C2000000/?unlock=1
まとめ~本当に便利なのか、さらなる進化を期待
デジタル社会においてキャッシュレスの不便さは、高齢者と子供には壁になります。しかも決済という重要な生活行動で壁ができることになるので、この問題は小さくありません。
そしてこの問題は、若い人や働く世代にとっても課題になり得ます。なぜなら、若い人や働く世代がスマホやQRコードや交通系ICカードを使いこなしているのは、必要に駆られて学習したからです。
スマホは今や、情報を獲得するために欠かせませんし、買い物でキャッシュレスを使えばポイントが貯まり、それは実質的に収入増または支出減になります。仮にキャッシュレスを利用するたびに手数料がかかるようになったら、それでも使い続ける人はどれくらいいるでしょうか。
キャッシュレスが本当に便利なのかどうかは、まだ議論の余地があるはずです。そして、現金より完全に便利になるキャッシュレスの開発を期待したいものです。