【アマゾン vs ビザ】終結した決済手数料は何が問題だったのか?
EC(ネット通販)世界最大手のアマゾン・ドット・コム(以下、アマゾン)とクレジットカード世界大手のビザは2022年2月、クレジットカードの手数料に関する交渉で合意したと発表しました。
このニュースを聞いて「両者がようやく仲直りしたか」と安堵(あんど)した人がいる一方で、「アマゾンとビザが喧嘩していたとは知らなかった」と思った人もいるのではないでしょうか。
両者の争いがどれだけ深刻だったのか世間にあまり知られないまま問題が収束した印象があります。
しかも、両者は合意に達したものの、合意内容は公表していません。
アマゾンとビザが提供しているサービスは重要な生活インフラであるだけに、何が問題で、なぜモヤモヤしているのか、気になるところです。
問題の発端
問題はイギリスで起きました。アマゾンは2021年11月、イギリスでのアマゾンの買い物において、ビザのクレジットカードを使えなくすると公表しました。
重要なニュースなので、少し長くなりますがロイターの記事を引用します(※1)。英文の下に拙訳を掲載しました。
ロイター、2021年11月18日の記事
Amazon to stop accepting Visa’s UK-issued credit cards over high fees
Nov 17 (Reuters) – Amazon.com Inc (AMZN.O)will stop accepting Visa Inc (V.N) credit cards issued in the United Kingdom from next year because of the high transaction fees charged by the payment processor, the e-commerce giant said on Wednesday.
“As a result of Visa’s continued high cost of payments, we regret that Amazon.co.uk will no longer accept UK-issued Visa credit cards as of 19 January, 2022,” an Amazon spokesperson said in an emailed statement.
Amazon customers can still use Visa debit cards, Mastercard and Amex credit cards, and Eurocard, the company said in a note to its customers.
“We are very disappointed that Amazon is threatening to restrict consumer choice in the future,” a Visa spokesperson said in a statement.
A visa credit card is held in front of an Amazon logo in this picture illustration taken September 6, 2017. REUTERS/Philippe Wojazer/Illustration
A visa credit card is held in front of an Amazon logo in this picture illustration taken September 6, 2017. REUTERS/Philippe Wojazer/Illustration
“We continue to work toward a resolution, so our cardholders can use their preferred Visa credit cards at Amazon UK without Amazon-imposed restrictions come January 2022.”
Since Brexit, an EU-enforced cap on fees charged by card issuers is no longer in place in the UK.
The move by Amazon, earlier reported by Bloomberg News, has prompted the UK Trade Commission to call on the government to improve the UK-EU trade agreement and analysts to call on British regulators to look into the fees in the credit card market.
“If Amazon can’t make it work, with all their resources and ability to navigate legislation to avoid costs, then small businesses have no chance and so the government must improve the UK-EU trade and cooperation agreement to keep British businesses competitive,” said Tamara Cincik from UK Trade and Business Commission
アマゾン、高い手数料を理由に、イギリスで発行されたビザのクレジットカードの取り扱いを停止へ
アマゾンは2021年11月17日、ビザが課す高い取引手数料を理由に、来年から英国で発行されたビザのクレジットカードの取り扱いを停止する発表した。
アマゾンの広報担当者は「ビザの決済コストが引き続き高いため、イギリス・アマゾンは2022年1月19日をもってイギリスで発行されたビザのクレジットカードを利用できなくする。これはとても残念な処置だ」とコメントしている。
ただし、ビザでもデビットカードは使用でき、マスターカードとアメリカンエキスプレスのクレジットカード、ユーロカードも引き続き利用できる。
ビザはアマゾンの対応について次のように反論している。
「アマゾンが消費者の選択肢を制限すると脅していることに非常に失望している。私たちは解決に向けて努力を続け、2022年1月にはカード会員が、アマゾンが課す制限なしにビザのクレジットカードを使用できるようにする」
ブレクジット(イギリスのEU離脱)以降のイギリスでは、クレジットカード会社が請求する手数料の上限が廃止された。EUには上限がある。なおアマゾンの動きを受けて英国貿易委員会は、政府にイギリスとEUの貿易協定を改善するよう求めている。またアナリストはイギリスの規制当局にクレジットカード市場の手数料について調査するよう求めている。
このニュースを要約するとこのようになります。
●クレジットカードの手数料は、EUでは上限が定められているがイギリスでは上限がない。それでビザがイギリスで手数料を上げた。
●アマゾンがそれに反発して、ビザのクレジットカードを、アマゾンの買い物で使えなくすると発表した。ただし、この段階では発表しただけで、実際に使えなくしたわけではない。
●ビザは、アマゾンの行為は消費者の選択肢を減らす脅しであると反論した。
すぐに決着する争いが起きたのはなぜか
ところがアマゾンVSビザ問題はすぐに決着しました。アマゾンは「ビザを使えなくする」と決めたわずか2カ月後の2022年1月に、利用停止を撤回すると発表しました(※2)。
ただこのときは、アマゾンもビザも「解決に向けてビザと緊密に取り組む」としていて、完全に解決したというニュアンスはありませんでした。
そして、その1カ月後の2022年2月になると、アマゾンとビザは1)合意に達した、2)すべての顧客がアマゾンの買い物でビザのクレジットカードを利用できる、と発表しました(※3)。
さらにビザは、「顧客に革新的な決済体験を提供するためにアマゾンと協業していく」とまで述べています。喧嘩別れを取りやめただけでなく、これからは仲よくやっていくと宣言したわけです。
アマゾンとビザの戦いがスピード決着したことは消費者にとって喜ばしいことですが、その一方で、これだけ早く解決できるのならなぜこれほど重大な対決が勃発したのかと疑問になります。
※2:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-01-17/R5V9QHT0G1KZ01
※3:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN17ESQ0X10C22A2000000/
アマゾンがビザに圧力をかけ、ビザがすぐに折れた
アメリカのメディアCNBCは、アマゾンがビザのクレジットカードの取り扱いを停止すると宣言したのは、手数料の引き下げ交渉を有利に進めるためだったのではないかと分析しています(※4)。
アマゾンとビザはこれまで、オーストラリアとシンガポールでも対決していました。アマゾンは両国で、ビザのクレジットカードを利用すると0.5%の手数料を徴収すると発表していました。
クレジットカードを利用したときに発生する手数料はビザの収入であり、手数料を支払うのはクレジットカードの保有者(消費者)と小売企業(店)です。したがってビザが手数料を値上げしても、直接的にはアマゾンには影響はありません。
しかしビザの手数料が上がると、消費者や店の負担が増えるのでアマゾンの利用を減少させる圧力になります。それでアマゾンは、クレジットカードの手数料の値上げを阻止したいわけです。
アマゾンがオーストラリアとシンガポールに導入しようとした「ビザのクレジットカードを利用すると、アマゾンが0.5%の手数料を徴収する」というルールは、アマゾンがビザ・ユーザーにペナルティを課しているようなものです。
それでビザは「アマゾンの行為は消費者の選択肢を減らす脅しだ」と非難したわけです。
争いが起きたのはアマゾンがビザに圧力をかけたためで、争いがすぐに解決したのはビザがすぐに折れたためです。
※4:https://www.cnbc.com/2022/01/17/amazon-halts-plan-to-stop-accepting-visa-credit-cards-in-the-uk.html
なぜ合意内容が公表されないのか
アマゾンとビザは仲直りしたわけですが、どのように合意したのかは公表されていません。
つまり、アマゾンが不満に感じたビザの手数料がいくらだったのかわかりません。そして、ビザが手数料をいくら値下げしたからアマゾンが納得したのかもわかっていません。
合意内容がアマゾンからもビザからも公表されないのは「大人の事情」のようです。
カード決済に詳しいアメリカの専門家は「ビザが手数料でアマゾンに譲歩したとしても、他の大規模な加盟店が同様の譲歩を求める可能性があるため、公にはならないだろう」と推測しています(※5)。
今回の勝負は、ビザが負けました。もしビザがアマゾンにどれくらい譲歩したかが判明すれば、アマゾン以外のビザ加盟店は同じ譲歩をビザに求めるでしょう。そうなったら譲歩のドミノ倒しが起きて、ビザの収益は大きな打撃を受けることになります。
さすがのアマゾンも、ビザがそこまで傷つくことを望んでいないのでしょう。だから合意内容を公表しなかったと推測できます。
別の専門家は、次のように分析しています(※4)。
拙訳
アマゾンは小売の巨人なので大きな影響力を持つが、ビザのクレジットカードをまったく受け付けないということまではしないはず。
今回のアマゾンVSビザは、アマゾンが圧力戦術を仕掛けてきた可能性が高い。小売業界の大手企業は、公示レートを支払うよりも、クレジットカード会社と特注レートを設定する傾向がある。
アマゾンの動きは、レートに関する長期的な合意を交渉するための、あるいは現在のレートを凍結するよう働きかけるための手段だと思われる。
元の英文
Amazon is a retail giant so it has some leverage, but there’s no way it won’t accept Visa cards.
It’s more likely that Amazon has been applying pressure tactics. Major players in the retail space tend to have bespoke rates with payment firms, rather than paying published rates.
The move by Amazon is likely a way to negotiate a longer-term agreement on rates, or even to push for a freeze to its current rates.
これを意訳すると、「アマゾンがクレジットカード会社ににらみをきかせた」となるでしょう。
※5:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN17ESQ0X10C22A2000000/
まとめに代えて~問題の本質は新しい買い物問題が起きたこと
アマゾンVSビザ問題は「新しい買い物問題」と考えることができます。
多くのビジネスは消費者の買い物によって成り立っているわけですが、この買い物ビジネス(個人消費ビジネス)に関わる企業は絶えず利益の奪い合いという争いを展開しています。
メーカーが原材料を仕入れて商品をつくり、商品を卸会社に販売し、卸会社が小売企業に販売して消費者に商品が届きます。このとき、原材料メーカー、商品メーカー、卸会社、小売企業は、消費者が支払った代金を分配するわけですが、どの企業がいくら取るかは企業の力関係で決まります。
これが「伝統的な」買い物問題です。
では「新しい」買い物問題は何かというと、ネット通販などのEC企業とクレジットカードなどのキャッシュレス決済企業の利益分配の争いです。
新たな買い物の形を提供しているアマゾンなどのEC企業も、新たな決済の形を提供しているビザなどのキャッシュレス決済企業も、消費者や小売企業に便利さという価値を提供しているので、消費者や小売企業が支払う手数料を得る権利があります。
しかし、EC企業とキャッシュレス決済企業の両方が高額な利益を得ようとすると手数料が高騰し、消費者と小売企業はECからもキャッシュレスからも離れてしまいます。EC企業もキャッシュレス決済企業もそれは望みません。
そのためEC企業とキャッシュレス決済企業は、限られた手数料を奪い合う争いを起こしやすくなります。
今回のアマゾンVSビザは、ビザが最初に、消費者や小売企業が支払う手数料の多くを得ようとしました。アマゾンがそれにNOを突きつけました。これを、アマゾンがビザの手数料の値上げを阻止した、とみると、アマゾンは消費者や小売企業の味方になります。
しかし、手数料が値上がりすると、消費者や小売企業はアマゾンを使わないようになります。そのため、アマゾンが自社の利益を守るためにビザの手数料の値上げ戦略を妨害したとみることもできます。