金融全般

「ペイで給料を支給」デジタル給与が2023年解禁

2022年9月、大手新聞が一斉に「デジタル給与、2023年春解禁へ」というニュースを報じました(※1、2)。さらにほとんどすべてのテレビ局のニュース番組もこれを解説しました(※3)。

正式名称は「デジタルマネーによる賃金支払い」ですが、マスコミの造語であるデジタル給与のほうが理解しやすいので、この記事ではこちらを使います(※2)。デジタル給与制度とは、企業が給与をデジタルマネー(以下、電子マネー)で支払うもの。

つまり労働者が、ペイペイや楽天ペイなどで給与を受け取ることになります。

厚生労働省がデジタル給与について審議会に提案し、準備を進めることにしました。そして早ければ2023年春にも○○ペイで給料を受け取る人が現れる予定です。

電子マネーで買い物をしている人からすると、電子マネーはもう現金と同じものに感じているので、デジタル給与の解禁に驚かないかもしれませんが、これは金融界、経済界、労働界にとって「大事件」級の出来事です。

※1:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA132U50T10C22A9000000/
※2:https://www.asahi.com/articles/ASQ9F61TXQ9FULFA005.html
※3:https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/toushi/20200310/200310toushi04.pdf

なぜ今までデジタル給与が不可能だったのか~大原則がまた崩れる

デジタル給与のスタートが大事件になるのは、賃金(給与)支払いの大原則がまた崩れるからです。

労働基準法は、企業などの事業者が労働者に支払う賃金(給与)は、通貨でなければならないと決めています(※4)。つまり給与の大原則は現金払いなのですが、例外的に銀行振込も認められています。

ところが今では、銀行振込のほうが一般的で、「現金で給与をもらったことがない」という人も多いはずです。

しかし法律上は、現金払いの原則は変わってなく、いわば法律が現状に追いついていない状態になっています。しかも今回さらに、電子マネーで給与を支払ってもよいことになります。

銀行振込は「百歩譲って」銀行口座のなかに入っているものが現金ですが、電子マネーは最早現金ですらありません。

※4:https://www.mhlw.go.jp

電子マネーと現金の同じところと違う点

電子マネーは今、現金(日本円)と同じように使うことができているので、「現金のようなもの」と理解している人がいるかもしれませんが、両者は全然違うものです。

電子マネーは電子的な決済手段のことで、現金制度で紙幣や通貨をやり取りするのに対し、電子マネー制度ではデジタルデータをやり取りしています(※5)。

ではなぜ、電子マネーは現金のように使うことができるのか。

電子マネーの利用者(消費者)は、電子マネーの発行者に現金を渡し、電子マネーを受け取ります。
これは例えば、利用者が自分の銀行口座のお金を○○ペイにチャージして、スマホアプリ内の電子マネーが増える状態です。

次に電子マネー利用者は、買い物をした店に代金として電子マネーを渡します。

例えば、利用者が、買い物をした店の読み取り機にスマホをかざして決済した状態です。このとき店は、利用者から電子マネーを受け取ったことになります。そして店が電子マネーの発行者に請求すると、店の電子マネーを現金に交換してくれます。

以上の流れを整理するとこのようになります。

●利用者が自分の現金でスマホアプリにチャージする
↓(電子マネー発行者が操作)
●利用者のスマホに電子マネーが入る

●利用者が店でものを買って電子マネーで支払う

●店が電子マネーを受け取る
↓(電子マネー発行者が操作)
●店は電子マネーを現金に換える

この流れをみると、利用者の現金が最終的に店に移動しているので、現金で買い物したときと同じ状態になっています。

※5:https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/money/c26.htm/

データが消えたらお金の価値も消えてしまう

電子マネーで買い物をしても、結局は現金で買い物したときと同じ状態に落ち着くのであれば、「電子マネー=現金」と考えてもよさそうですが、そうはなりません。

なぜなら電子マネーは結局デジタルデータでしかないので、データが消去したら「お金の価値」が消えてしまうからです。

もちろん、スマホが故障してアプリが使えなくなったくらいでは電子マネーは消えません。そのデータは電子マネー発行者のところに残っているので、スマホを買ってそこにアプリを入れて登録し直せば、残高をそのまま使うことができます。

しかし電子マネー発行者のコンピュータが完全に壊れてバックアップデータも消去されてしまえば、データが失われてお金の価値が消えてしまいます。

また、現金の買い物では、消費者と店が現金と品物を交換するため、そこには手数料が発生しません。
しかし電子マネーでの買い物は、消費者と店の間に電子マネー発行者が介在するので、電子マネー発行者が手数料を徴収します。今のところこの手数料は店側が負担しています。

デジタル給与は法律をどうクリアするのか

これまでデジタル給与を実現できなかったのは、現金と電子マネーが別物だからです。電子マネーで給与を支払うことは労働基準法に違反します。

では2023年春のデジタル給与の解禁では、どのように法律をクリアするのでしょうか。

銀行振込のルールを使うことでクリアします。

給与の銀行振込を例外的に許されているのは、国が、給与分のお金を銀行口座に入金することを例外的に認めたからです。今は銀行口座のほかに、証券総合口座に給与を入金することも認められています。

そしてデジタル給与は、資金移動業者がつくる利用者の口座に給与を入金することなので、それは銀行振込と似ているので問題ない、としたわけです。

資金移動業者とは○○ペイを運営している会社、つまり電子マネー発行者のことで、ペイペイを運営しているペイペイ株式会社や、d払いを運営している株式会社NTTドコモなども資金移動業者です。

法律的には銀行の個人口座に給与を振り込むのも、資金移動業者の個人口座に給与を振り込むのも同じ、という理屈になります。

資金移動業者が経営破綻したらどうなるのか

電子マネーが消滅してしまう出来事は、コンピュータの故障だけで起きるのではありません。電子マネーを運営している資金移動業者(電子マネー発行者)が経営破綻して電子マネーのデータが消去されたら、お金の価値が消えてしまいます。

そこでデジタル給与の解禁に合わせ、資金移動業者が破綻したとき、電子マネーのデータ(口座のなかの残高)の全額を保証する仕組みを設けます。

この仕組みにより電子マネーであっても、労働者は給与を確実に受け取ることができます。保証ができない資金移動業者は、デジタル給与事業をすることはできません。

デジタル給与の何がいいのか

給与の支払い方法の大原則に例外をつくってでもデジタル給与を導入する狙いはどこにあるのでしょうか。

電子マネー(○○ペイ)を使っている労働者は、デジタル給与の恩恵を受けることができるでしょう。今は、会社から自分の銀行口座に給与が振り込まれたら、そこから電子マネー・アプリにチャージしなければなりません。

銀行のATMで現金をおろして、コンビニに行ってチャージができるATMでチャージしている人もいると思いますが、デジタル給与ならこの手間がなくなります。

また電子マネー発行者も事業が拡大するので、デジタル給与は大歓迎のはずです。そして電子マネー発行者は、デジタル給与を自社の○○ペイで受け取ってもらいたいと考えるので、利用者確保のためにポイント還元などのキャンペーンをするかもしれません。それは利用者のメリットになります。

社会全体としても、キャッシュレス決済の拡大は経済活動の効率化をもたらすので、デジタル給与はプラスに作用するはずです。

ペイペイや楽天ペイなどが早速デジタル給与に名乗り

「デジタル給与解禁へ」のニュースが伝えられた2022年9月13日、同時にペイペイと楽天ペイ、JCB、メルペイ(メルカリ)などがデジタル給与の受取口座事業に着手することや、検討することを表明しました(※6)。

やはり電子マネー発行者(資金移動業者)の目には、デジタル給与が大きなビジネスチャンスに映っているようです。

ただ、デジタル給与の口座残高の上限は100万円になる予定です。例えば毎月30万円の給与が振り込まれ、毎月20万円しか使っていない人は、デジタル給与口座に毎月10万円ずつ貯まっていくので10カ月で100万円に達し、それ以上はデジタル給与を振り込むことができません。

給与の銀行口座振り込みには上限がないので、それと比べるとデジタル給与の利便性は低下するかもしれません。

※6:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB131MP0T10C22A9000000/?unlock=1

まとめ~デジタル社会がさらに進むか

デジタル給与の解禁のニュースは、○○ペイやスマホ決済のヘビーユーザーには朗報となったのではないでしょうか。現金の利用をわずらわしく感じている人にとって、電子マネーの利用拡大は生活の質を向上させることでしょう。

金銭価値を持つデジタルデータが現金にまた一歩近づいたともいえそうです。